文化の日の体験談|地域の文化祭や伝統芸能、それぞれの11月3日の思い出
文化の日は公民館が町で一番にぎやかになる日でした|秋田県・49歳・女性 文化の日に獅子舞へ出るのが子どものころからの決...続きを読む

転勤が決まった時、持ち家がある人ほど悩むことがあります。
この家を貸すのか。
それとも売るのか。
数年後に戻る可能性があるなら、残しておきたい。
でも、空き家のままにするわけにもいかない。
誰かに貸せば家賃収入が入るかもしれません。
一方で、借り手がつかなかったり、設備が壊れたり、思った時に戻れなかったりする不安もあります。
売ってしまえば管理の負担はなくなります。
住宅ローンを整理できることもあります。
ただ、「もう戻れない」と思うと決断できない人もいます。
転勤で家をどうするかは、損得だけでは決まりません。家族の予定、転勤の期間、家への思い入れ、戻る可能性によって判断は大きく変わります。
実際に貸した人は、その後どう感じたのでしょうか。
売った人は、手放したことを後悔したのでしょうか。
ここでは、転勤をきっかけに持ち家やマンションを「貸した人」と「売った人」、それぞれの体験を紹介します。

転勤の辞令が出た時、最初に言われたのは「期間は3年くらい」という話でした。
私は妻と相談して、マンションは売らずに貸すことにしました。
購入してからまだ4年ほどでした。
子どもも近所の小学校へ通っていました。
家族全員、この地域を気に入っていました。
転勤先へは家族で行くことになりましたが、私の中では「3年後には戻ってくる」という気持ちが強かったです。
そのため、売却はほとんど考えませんでした。
不動産会社へ相談して、賃貸に出しました。
幸い、比較的早く入居者が決まりました。
家賃で住宅ローンの返済をある程度まかなえるという説明も受け、最初は「貸して正解だった」と思いました。
ところが、実際に貸してみると、思っていたより気になることがありました。
給湯器の不具合。
エアコンの故障。
管理会社から連絡が来るたびに、「またお金がかかるのか」と思いました。
さらに一番大きかったのは、転勤が3年で終わらなかったことです。
3年目に入ったころ、「もう少しこちらにいてほしい」と会社から言われました。
その時、妻から「じゃあ家はどうするの?」と言われました。
私も答えられませんでした。
戻る前提で貸していたので、予定が崩れると急に判断が難しくなりました。
それでも売りませんでした。
結局、転勤先には5年住みました。
その後、元の地域へ戻ることになりました。
ただ、借りてもらっていた人との契約の関係で、辞令が出たらすぐ戻れるわけではありませんでした。
数カ月だけ別の賃貸住宅で暮らしました。
その時は「貸すってこういうことか」と実感しました。
家を残せた安心感は大きかったですが、「戻りたい時にすぐ戻れる」と考えていたのは甘かったです。
それでも私は、貸したことを後悔していません。
今はまた同じマンションで暮らしています。
子どもは以前の友達とも再会しました。
私の場合は、「いつか戻りたい家」という気持ちが強かったので、多少面倒でも残してよかったと思っています。

夫の転勤が決まった時、我が家は比較的早く売ることを決めました。
周囲からは「貸せばいいのに」と何度も言われました。
私も最初はそう思いました。
せっかく建てた家です。
庭もあります。
子どもの成長に合わせて間取りを考えました。
簡単に手放せるものではありません。
ただ、我が家の場合、転勤先から元の家まではかなり距離がありました。
車ですぐ見に戻れる場所ではありません。
転勤期間も決まっていませんでした。
「数年後に戻す可能性もある」と言われるだけでした。
私は、この「可能性」という言葉が一番嫌でした。
戻るかもしれない。
戻らないかもしれない。
そのために家を何年も持ち続けることが、自分には向いていないと思いました。
さらに、私は心配性です。
誰かに貸したら、壁は大丈夫か。
庭は荒れないか。
設備が壊れたらどうするか。
そんなことをずっと考えてしまう気がしました。
だったら売って、家のことを一度終わらせようと考えました。
査定を取り、何社か話を聞きました。
売却活動を始めてからは、寂しさもありました。
内覧の人が来るたびに、「この人がここに住むのかな」と思います。
売買契約が決まった日は、うれしいより寂しい気持ちのほうが大きかったです。
引っ越しの日、最後に何もなくなったリビングを見ると泣きそうになりました。
でも転勤先へ着いてからは、思ったよりすっきりしました。
元の家の管理を気にする必要がありません。
住宅ローンのことも一区切りつきました。
私にとっては、家を残す安心より、「もうこの家のことを心配しなくていい」という安心のほうが大きかったです。
その後、夫は別の地域へ再び転勤しました。
もしあの家を持ち続けていたら、私はずっと「いつ戻るの?」と思っていたと思います。
家には愛着がありました。
でも、手放したことで次の暮らしへ切り替えられたと感じています。

転勤が決まったのは、長男が高校生、次男が中学生の時でした。
家族でかなり話し合いました。
単身赴任も考えました。
でも最終的には家族で転勤先へ移ることにしました。
問題は自宅です。
私は売りたくありませんでした。
理由は単純です。
老後はこの家に戻りたかったからです。
両親も近くに住んでいます。
長く暮らした地域です。
妻も「できれば残したい」と言いました。
ただ、いつ戻れるかはわかりません。
そこで不動産会社へ相談し、一定の期間を決めて貸す方法について説明を受けました。
普通に長く貸してしまうと、こちらの都合だけで簡単に戻ってもらえるわけではありません。
その点をかなり慎重に考えました。
最終的に、期間を決めた形で貸すことにしました。
家賃は、周辺の相場を見ながら設定しました。
入居者が決まった時はほっとしました。
ただ、貸してから最初の1年は、自分の家なのに自分の家ではない感じがありました。
帰省して近くを通っても、中には入れません。
カーテンが変わっています。
庭に知らない自転車があります。
少し不思議でした。
妻は「見に行かないほうがいいよ」と言いました。
その通りだと思い、それからはなるべく通らなくなりました。
貸している間は、「所有している」という気持ちと、「今は他人の生活の場所」という感覚を分ける必要がありました。
数年後、子どもたちの進路がある程度見えてきました。
私たち夫婦も、いずれ戻る方向で考えています。
この家を売っていたら、今ごろ同じ地域で買い直せたかはわかりません。
その意味では残してよかったです。
ただ、家賃が入ることだけを見て「貸したほうが得」と考えるのは少し違うと思います。
修繕もあります。
管理もあります。
戻るタイミングも考えなければなりません。
私は「収益物件として持った」というより、「戻る場所を残すために貸した」という感覚です。

転勤が決まった時、私はマンションを貸すつもりでした。
購入してまだ3年ほどでした。
売ったらもったいない。
貸して家賃をもらいながらローンを返せばいい。
最初はそれくらいに考えていました。
不動産会社へ相談すると、想定家賃を出してくれました。
数字だけを見ると悪くありません。
「これならいける」と思いました。
ところが妻が、「借りる人がいなかったらどうするの?」と言いました。
私は「そのうち決まるでしょ」と答えました。
でも、その言葉がずっと引っかかりました。
転勤先では社宅に入れる予定でした。
それでも住居費はかかります。
元のマンションの住宅ローンもあります。
管理費。
修繕積立金。
固定資産税。
もし数カ月空室になったら、全部自分たちで払うことになります。
私は会社員ですが、家計に大きな余裕があるわけではありません。
さらに、転勤先で子どもの保育料や生活費が変わる可能性もありました。
考えれば考えるほど、「空室にならないことを祈りながら暮らすのは嫌だ」と思うようになりました。
それで売却へ方向転換しました。
売り出してから買い手が決まるまでは落ち着きませんでした。
希望価格より少し下げました。
正直、もっと高く売りたかったです。
それでも売買が成立した時は、本当にほっとしました。
利益を最大化するより、「毎月この家の支払いを心配しなくていい状態」を選びました。
転勤先で生活を始めると、元のマンションの相場を時々見てしまいました。
その後、価格が上がっているのを見て、「持っていたらもっと高く売れたかも」と思ったこともあります。
でも、それは結果論です。
当時の自分には、空室や修繕を抱えながら持ち続ける精神的な余裕がありませんでした。
今でも、あの判断でよかったと思っています。

夫の転勤で県外へ引っ越すことになりました。
その時、私はかなり不安でした。
結婚してからずっと同じ地域で暮らしていました。
友人もいます。
仕事もあります。
子どもの保育園も決まっています。
転勤先へ行って、家族みんなが馴染める保証はありません。
だから私は、元のマンションを売ることに強く反対しました。
夫は最初、「売ってしまったほうが楽じゃない?」と言いました。
私は「もし向こうで暮らせなかったら、帰る場所がなくなる」と答えました。
今考えると、かなり感情的だったと思います。
でも当時の私にとって、自宅を残しておくことは保険のようなものでした。
結局、マンションは貸しました。
入居者が決まった時は安心しました。
ただ、転勤先で暮らし始めて半年ほどすると、意外なことが起きました。
私自身が新しい土地を好きになりました。
仕事も見つかりました。
子どもにも友達ができました。
夫の職場も以前より働きやすそうでした。
「戻る場所を残しておきたい」と強く思っていたのに、数年後には「このままこちらにいてもいいかも」と考えるようになりました。
その瞬間から、元のマンションの位置づけが変わりました。
戻る家ではなく、「どうするか考えなければならない不動産」になりました。
家を貸したことで安心して新しい生活を試せましたが、新しい土地を好きになったことで逆に元の家を持ち続ける理由が薄くなりました。
最終的には数年貸したあとに売却しました。
最初から売ればよかったとは思いません。
あの時すぐ売っていたら、転勤そのものがもっと怖かったと思います。
私にとっては、「いったん貸す」という選択が気持ちを整理する時間になりました。

我が家は築年数がそれなりに経った戸建てでした。
転勤の話が出た時、妻は貸す案を出しました。
私は最初から売却寄りでした。
理由は家の年齢です。
これから数年誰かに貸したとして、その後売ろうとした時には、さらに築年数が進みます。
その間に外壁や屋根、水回りの修繕が必要になるかもしれません。
私は不動産投資をしたいわけではありません。
家賃収入を得たいという気持ちも、それほどありませんでした。
「戻る可能性があるから残す」というほど、地域へのこだわりもありませんでした。
それなら今のうちに売るほうがわかりやすいと思いました。
妻はかなり迷っていました。
子どもたちが育った家だからです。
柱につけた身長の印。
庭に植えた木。
子ども部屋。
そういうものを残したい気持ちは理解できました。
私も寂しくないわけではありません。
ただ、誰かに貸すためには修繕も必要でした。
見積もりを取ると、それなりの金額になりました。
そこで夫婦で改めて話し合い、売却することにしました。
引き渡し前、家の中を空にした時、妻が柱の身長の印を写真に撮っていました。
私もその写真を見て、少し込み上げるものがありました。
でも、家を残さなくても思い出までなくなるわけではありません。
私には「家族の思い出を残すこと」と「建物を所有し続けること」は別だと思えたので、売却を選べました。
転勤後、子どもたちに「前の家、なくなっちゃったね」と言われたことがあります。
それでも写真を見ながら昔の話をします。
私は、手放したことで過去を切り捨てたとは感じていません。

転勤の話が出た時、最初は私だけ単身赴任する予定でした。
子どもは小学生でした。
妻も仕事をしていました。
家を買ってまだ数年しか経っていません。
だから、自宅を貸すか売るかという話にはならなかったです。
私は一人で転勤先へ行き、家族はそのまま残る。
それで決まりだと思っていました。
ところが、転勤先での勤務期間が想像より長くなる可能性が出てきました。
さらに、帰宅できる距離でもありません。
妻も一人で子育てと仕事を続けることに不安を感じ始めました。
家族で何度も話し合い、最終的には全員で転勤先へ行くことにしました。
そこで初めて、「家をどうする?」という問題が出てきました。
売るという話もしました。
でも、私はまだ地元へ戻る気持ちが強かったです。
子どもも「またこの家に戻ってきたい」と言いました。
その言葉がかなり大きかったです。
そこで、自宅は貸すことにしました。
ただ、家族帯同を決めてから引っ越しまで、それほど時間がありません。
不動産会社との打ち合わせ。
室内の整理。
修繕。
荷物の処分。
転勤先の住まい探し。
全部同時進行でした。
人生で一番慌ただしい引っ越しだったと思います。
入居者が決まったのは、私たちが転勤先へ移ったあとでした。
それまでは住宅ローンと転勤先の住居費が重なります。
毎月、「早く決まってくれ」と思っていました。
貸すと決めればすぐ家賃が入るような感覚でいましたが、借り手が決まるまでの期間も自分たちが負担することを実感しました。
それでも私は、貸すという選択でよかったと思っています。
今も地元へ戻る可能性があります。
子どもも以前の家の話をします。
ただ、もし最初から家族帯同とわかっていたら、もっと早く準備していたと思います。

夫の転勤で、自宅マンションを貸しました。
当時はかなり前向きでした。
人気のある地域でした。
駅にも近いです。
「売るより貸したほうがもったいなくない」と思っていました。
実際、入居者も比較的早く決まりました。
最初の1年は特に問題ありませんでした。
家賃も入ります。
管理会社へ任せているので、自分ですることもほとんどありません。
「これなら楽だ」と思っていました。
ところが2年目から、設備の不具合が続きました。
最初はエアコンでした。
次は給湯器。
その後も小さな修理がありました。
管理会社から電話が来るたびに、私は身構えるようになりました。
「今度はいくらかかるんだろう」
そればかり考えます。
家賃が入っているので、まったく赤字だったわけではありません。
でも、私には向いていませんでした。
毎月の家賃収入より、突然発生する修繕費のほうが気になります。
転勤先でも生活費はかかります。
子どもの教育費も増えていました。
夫からは「長期で考えれば持っていてもいい」と言われました。
私は逆でした。
「もう売って終わりにしたい」と思うようになりました。
入居者が退去したタイミングで、再び貸すのではなく売却することにしました。
その判断をした時、かなり気持ちが軽くなりました。
私は「貸すのに失敗した」とは思っていません。ただ、実際に貸してみて、自分は賃貸経営のような不確実さが苦手だとわかりました。
最初から売っていれば修繕費はかかりませんでした。
でも、一度貸したからこそ納得して手放せたとも思います。
転勤が決まった時、会社から期間について明確な説明はありませんでした。
過去の例を見ると、4年から5年くらい勤務する人が多かったです。
私は「しばらく戻らないだろう」と判断しました。
そのため、マンションは売却しました。
貸すことも検討しました。
でも住宅ローンが残っています。
管理費もあります。
転勤先での生活費も増えます。
私は複数の住居を抱えることが嫌でした。
売却自体は比較的順調でした。
購入希望者も見つかり、引っ越し前に話がまとまりました。
「これで家の心配をせず転勤できる」と安心しました。
ところが、2年後。
会社から元の地域へ戻る辞令が出ました。
最初に聞いた時は耳を疑いました。
妻と顔を見合わせました。
「だったらマンション、残しておけばよかったね」
妻がそう言いました。
私も同じ気持ちでした。
以前住んでいたマンションの周辺は気に入っていました。
子どもの学校も近かったです。
戻ることが決まり、再び住まいを探しました。
同じマンションの中古物件も見ました。
でも、以前より価格が上がっていました。
結局、少し離れた場所の賃貸住宅に入りました。
その時はかなり後悔しました。
売った時の判断が間違っていたというより、転勤の期間は自分では決められないことを痛感しました。
ただ、時間が経つと気持ちは変わりました。
転勤中の2年間、元のマンションについて何も心配せず暮らせたことも事実です。
貸していたら、戻る時期と入居者の契約が合わなかった可能性もあります。
今は「あの時の情報なら売る判断も仕方なかった」と思っています。

転勤で戸建てを貸すことにした時、不動産会社から家賃について提案を受けました。
少し安く設定すれば、早く入居者が決まりやすい。
そう説明されました。
私は悩みました。
住宅ローンがあります。
空室の間は自分で負担します。
普通なら、できるだけ早く貸したほうが安心です。
でも私は、家賃を大きく下げたくありませんでした。
理由は、長期間貸すつもりだったからです。
一度安い家賃で貸したあと、簡単にこちらの希望通り変更できるとは限らないと考えました。
それなら、多少時間がかかっても、自分たちが納得できる条件で借りてくれる人を待とうと思いました。
妻は反対しました。
「空いている間もローンは払うんだよ」と言われました。
もちろん理解しています。
そこで我が家では、半年分くらいの負担までは覚悟することにしました。
実際、すぐには決まりませんでした。
1カ月。
2カ月。
問い合わせはありますが、契約にはつながりません。
3カ月目に入ると、私もかなり不安になりました。
毎月の住宅ローンを見ると、「家賃を下げればよかったかな」と思います。
それでも条件を大きく変えませんでした。
4カ月ほどして、家族で長く住みたいという人が見つかりました。
結果として、その人には長く住んでもらえました。
私の場合は、「一日でも早く貸す」より、「どの条件なら自分たちが長く納得できるか」を優先しました。
もちろん、空室期間の負担に耐えられなければできなかった方法です。
当時はかなり緊張しました。
それでも最初から「半年は覚悟する」と決めていたので、何とか待てました。

我が家の場合は国内転勤ではなく、夫の海外赴任でした。
期間は最低でも数年と言われていました。
最初に考えたのは、自宅マンションを貸すことです。
周辺は賃貸需要がある地域でした。
不動産会社からも「貸す選択肢は十分あります」と言われました。
夫は少し貸す方向に傾いていました。
私は売りたいと思いました。
理由は、海外から家のことを考え続けたくなかったからです。
もちろん管理会社へ任せることはできます。
それでも最終的な判断を求められることはあります。
修繕。
契約。
退去。
空室。
そうした連絡を海外で受ける場面を想像しました。
私はそれだけで疲れました。
さらに、帰国後に同じ地域へ戻れる保証もありません。
夫の次の勤務地がどこになるかもわかりません。
だったら売ってしまおうと考えました。
夫は最後まで少し迷っていました。
でも海外赴任の準備が始まると、考えることが増えました。
ビザ。
学校。
荷物。
保険。
銀行。
現地の住まい。
その中で自宅の賃貸管理まで抱えるのは大変だと、夫も考えを変えました。
売却が決まった時は寂しかったです。
ただ、海外へ渡ってからは自宅を売ったことをほとんど考えませんでした。
私には、家賃収入を残すことより、海外で始まる生活に頭と時間を全部使えることのほうが価値がありました。
帰国後は別の地域へ住むことになりました。
結果だけ見れば、元のマンションを残しておく必要はありませんでした。

夫の転勤が決まり、家族で移ることになりました。
自宅は戸建てです。
購入して6年ほどでした。
夫は売却寄りでした。
私はどちらでもいいと思っていました。
査定も取りました。
賃貸にした場合の家賃も調べました。
夫婦だけで話している間は、かなり売却に傾いていました。
転勤期間がわからない。
管理が面倒。
ローンも残っている。
売ったほうが身軽です。
ある晩、娘にも引っ越しについて説明しました。
小学4年生でした。
「この家はどうなるの?」と聞かれました。
夫が「売るかもしれない」と答えると、娘が急に泣きました。
「帰る家をなくしたくない」と言いました。
私はその言葉にかなり揺れました。
もちろん、子どもの感情だけで何百万円、何千万円という不動産の判断を決めることには不安があります。
夫婦でまた話し合いました。
それでも最終的には貸すことにしました。
娘の言葉だけが理由ではありません。
私たち夫婦にも、「できれば戻りたい」という気持ちが残っていたことに気づいたからです。
子どもの一言で、数字ばかり見ていた私たちが「この家をどう思っているか」を初めて言葉にできました。
貸してからは簡単なことばかりではありませんでした。
修理もありました。
管理費用もかかりました。
それでも娘は時々、「あの家まだある?」と聞きます。
「あるよ」と答えると安心するようです。
将来、本当に戻るかはまだわかりません。
でも今の我が家にとっては、残していること自体に意味があります。

貸した人の理由は、家賃収入だけではありませんでした。
数年後に戻る予定がある。
老後は同じ地域で暮らしたい。
転勤先での生活が合わなければ戻りたい。
子どもが家を残してほしいと言った。
そうした気持ちから、自宅を手放さなかった人もいます。
一方で、実際に貸して初めて気づいた負担もありました。
借り手が決まるまでの空室。
設備の修繕。
帰りたい時にすぐ戻れるとは限らないこと。
自分の家に他人が暮らしていることへの複雑な気持ち。
「家を残したい」という気持ちが強い人には貸すことが安心になる一方、所有し続ける限り家に関する判断も続いていきます。
売却を選んだ人も、単純に家が不要だったわけではありません。
空室の住宅ローンを負担したくない。
遠方から管理したくない。
築年数が進む前に手放したい。
海外転勤で家のことまで考える余裕がない。
そんな理由がありました。
売ったあとに転勤が予想より早く終わり、「残しておけばよかった」と感じた人もいます。
一方で、家を手放したことで転勤先の暮らしへ集中できた人もいました。
売却によって得られるのはお金だけではなく、「元の家を今後どうするか考え続けなくていい」という身軽さでもありました。
転勤が何年続くのか。
本当に元の勤務地へ戻れるのか。
家族は転勤先を気に入るのか。
住宅価格はどうなるのか。
貸した場合、どんな入居者と出会うのか。
決断する時点では、わからないことがたくさんあります。
貸したあとで売る人もいます。
売ったあとで「残しておけばよかった」と感じる人もいます。
逆に、絶対に戻るつもりだったのに、転勤先を気に入って戻らなくなる家族もいます。
そのため、体験談を振り返っても「貸した人が得をした」「売った人が正解だった」という一つの形にはまとまりません。
最終的に大きな違いになっていたのは、その家を将来もう一度「自分たちが住む家」として考えているか、それとも転勤を機会に一度暮らしを区切りたいかという気持ちでした。
家を残していることで安心できる人もいます。
手放すことで安心できる人もいます。
転勤という大きな生活の変化の中で、それぞれの家族が自分たちなりの優先順位を決めていました。

転勤期間、元の地域へ戻る可能性、住宅ローン、家族の希望、管理の負担などが判断材料になります。
「将来また自分たちが住みたい家か」「転勤を機会に暮らしを切り替えたいか」を考えると、方向性を整理しやすくなります。
戻る予定がはっきりしている場合は、家を残すために貸す人もいます。
ただし、入居者との契約内容によっては、自分が戻りたい時にすぐ住めるとは限りません。
貸す場合は、将来戻る可能性も含めて契約方法を確認しておくことが大切です。
転勤期間がわからないことを理由に売却する人もいれば、戻る可能性を考えて貸す人もいます。
長期間持ち続ける場合は、修繕や空室、管理などの負担も考える必要があります。
期間だけで決めるのではなく、家を持ち続けることに自分たちが安心を感じるか、負担を感じるかも重要です。
家賃収入を住宅ローンの返済に充てられる場合はあります。
ただし、常に入居者がいるとは限らず、管理費、修繕費、固定資産税などの負担もあります。
家賃だけを見て判断せず、空室期間や修繕が発生した場合も含めて考える必要があります。
入居者が決まるまで、住宅ローンや管理費などを所有者が負担することになります。
転勤先でも住居費がかかる場合は、一定期間二重の住居費を負担する可能性があります。
貸すと決めた時点ですぐ家賃収入が始まるとは限らないため、空室期間も想定しておくと安心です。
状況によっては、貸したあとに売却へ切り替える人もいます。
ただし、入居者がいる状態か退去後かによって売却の進め方は変わります。
実際に貸してみて、修繕や管理の負担が自分には合わないと感じ、退去後に売却した人もいます。
あります。
予想より早く元の勤務地へ戻ることになり、「残しておけばよかった」と感じる人もいます。
一方で、売却によって住宅ローンや管理の心配がなくなり、転勤先での生活へ集中できたと感じる人もいます。
海外転勤でも貸す人と売る人の両方がいます。
管理会社へ任せる方法もありますが、設備の修繕や退去などで所有者の判断が必要になる場合があります。
海外から不動産を管理することを負担に感じるかどうかも、判断材料の一つになります。
子どもの気持ちを理由の一つとして家を残す家庭もあります。
ただし、不動産の維持には費用や管理が必要なため、家族全体の状況も含めて考える必要があります。
「戻りたい」という気持ちが家族全員にあるのかを話し合うきっかけにもなります。
売却した場合の査定額と、貸した場合に想定される家賃の両方を確認すると比較しやすくなります。
そのうえで、住宅ローン残高、管理費、修繕費、転勤期間、戻る可能性などを整理します。
金額だけでなく、「この家を将来どうしたいか」まで一緒に考えることが大切です。
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