転勤で持ち家やマンションは貸す?売る?実際の生の体験談|それぞれが選んだ理由とその後
3年で戻ると言われたので、マンションは迷わず貸しました|東京都・38歳・男性 転勤先で暮らし直すつもりだったので、戸建...続きを読む


給料日までまだ10日以上あるのに、財布には数千円しか残っていない。
家賃を払ったら、食費がほとんど残らなかった。
急な病気や失業で、これまで普通に払えていた生活費が突然足りなくなった。
「お金がない」と言っても、その状況は人によって大きく違います。
数日だけ節約すれば乗り切れる人もいます。
家族から少し借りれば翌月には戻せる人もいます。
一方で、家賃や光熱費まで払えず、自分だけではどうにもならなくなる人もいます。
そんな時、初めて行政や社会福祉協議会の相談窓口を訪ねた人もいました。
制度の名前すら知らず、「とりあえず市役所へ行けば何か教えてもらえるかもしれない」と考えて動いた人もいます。
生活費が足りなくなった時に一番困るのは、「お金がないこと」だけではなく、「次に何をすればいいのかわからないこと」なのかもしれません。
誰にも言えずに何週間も一人で抱え込んだ人。
親に頭を下げるのが嫌で、ぎりぎりまで食費を削った人。
それぞれが、どこで「もう一人では無理だ」と判断したのか。
そして、そこからどう生活を立て直していったのか。
ここでは、生活費が足りなくなった時の具体的な体験を紹介していきます。

生活費が本当に足りなくなったのは、転職に失敗した時でした。
前の会社を辞めた時点では、次の仕事がすぐ決まると思っていました。
貯金も少しありました。
「1カ月くらいなら大丈夫だろう」と軽く考えていました。
ところが、応募しても思ったように決まりませんでした。
最初の1カ月はまだ普通に生活していました。
2カ月目に入るころから、かなり焦り始めました。
家賃。
電気代。
ガス代。
スマートフォン。
健康保険。
仕事をしていなくても、支払いは普通に来ます。
貯金はみるみる減りました。
外食をやめました。
コンビニへ行くのもやめました。
昼食は食パンだけの日もありました。
それでも固定費は減りません。
ある朝、財布を確認すると1,800円ほどしかありませんでした。
銀行口座にも、家賃を払えばほとんど残りません。
その瞬間、初めて「これ、本当にまずいな」と思いました。
私はそれまで、お金の相談を誰かにした経験がありませんでした。
市役所へ相談するという発想もありませんでした。
インターネットで「生活費 足りない 相談」と検索しました。
そこで社会福祉協議会という言葉を見ました。
名前は聞いたことがあるような気がしましたが、何をするところなのか知りませんでした。
電話をするまでにかなり時間がかかりました。
「こんなことで電話していいのか」
「自分で何とかしろと言われないか」
そんなことを考えました。
結局、その日の午後に電話しました。
最初に聞かれたのは、仕事の状況や収入、今どんな支払いに困っているのかということでした。
私はかなり緊張していました。
「財布に1,800円しかありません」と言うのが恥ずかしかったです。
でも、話しているうちに少し気持ちが落ち着きました。
その後、窓口へ相談に行きました。
そこで生活福祉資金のことや、ほかに利用できる可能性のある支援について説明を受けました。
実際には、相談したその日に現金を渡されるような話ではありませんでした。
必要な確認もあります。
自分が思っていたより手続きはきちんとしていました。
それでも、私にとって大きかったのは、「お金がなくなったら終わり」ではなく、相談できる場所があると知ったことでした。
その後は求職活動を続けながら、生活をかなり小さくしました。
家計についても一緒に整理しました。
自分では「もう削れるところはない」と思っていましたが、見直すとまだ整理できる支出がありました。
数週間後、仕事も決まりました。
給料が入るまでの期間は本当に長く感じました。
今振り返ると、もっと早く相談してもよかったと思います。
私は財布が1,800円になるまで動きませんでした。
「まだ大丈夫」と思っているうちに相談するほうが、選べる方法も多かったのではないかと感じています。

生活が苦しくなったきっかけは、勤務時間が大きく減ったことでした。
私は非正規で働いていました。
それまでは毎月ある程度安定して働けていました。
ところが職場の事情でシフトが減りました。
最初は「今月だけかな」と思っていました。
翌月も少ないままでした。
収入が数万円減るだけでも、一人暮らしではかなり違います。
家賃は変わりません。
電気代もあります。
スマートフォンも必要です。
最初に削ったのは食費でした。
スーパーでは値引きされたものを選びました。
お昼も家から持って行きました。
それでも追いつきませんでした。
ある月、家賃を振り込んだあとに銀行口座を見ると、1万円を少し超えるくらいしか残っていませんでした。
次の給料日まではまだ3週間近くあります。
「これは無理だ」と思いました。
友人からは「家賃が高いなら引っ越せば」と言われました。
私もそう思いました。
でも引っ越すにもお金がかかります。
新しい部屋の初期費用。
引っ越し代。
今の部屋を出るためのお金。
今すぐできる話ではありませんでした。
そこで自治体の相談窓口について調べました。
最初は「家賃の相談ができるところ」を探していました。
そこで住居確保給付金という制度があることを知りました。
名前だけでは内容がよくわかりませんでした。
自分が対象になるかも判断できません。
そのため、相談窓口へ行きました。
そこで収入や仕事の状況を説明しました。
制度には条件があることや、自分の場合に確認が必要な点も説明されました。
私は「申請すれば誰でも家賃を出してもらえる」と思っていたわけではありません。
ただ、家賃に困った時に、単に滞納するか借金するか以外の相談先があることを初めて知りました。
相談をきっかけに、仕事のことや家計のことも話しました。
当時の私は、「家賃さえ何とかなれば大丈夫」と考えていました。
でも実際には、収入そのものが減っています。
家賃だけを一度乗り切っても、翌月また同じことになります。
そこから勤務先を増やすことも考えました。
最終的には別の仕事へ移りました。
あの時は、生活費が足りなくなったことより、「この家に住み続けられなくなるかもしれない」という怖さのほうが大きかったです。
今でも家賃を払う日は、少しだけ当時を思い出します。

離婚してから、子ども二人と暮らしています。
最初のころは、とにかく生活を安定させることだけを考えていました。
仕事を増やしました。
家賃の安いところへ引っ越しました。
外食もほとんどしません。
自分ではかなり節約しているつもりでした。
それでも、子どもが大きくなるにつれて出費が増えていきました。
学校関係。
衣類。
部活動。
食費。
一つひとつは必要なものです。
ある月、仕事を数日休まなければならないことがあり、給料がいつもより少なくなりました。
ちょうど学校関係の支払いも重なりました。
私は自分の昼食を減らしました。
朝ごはんを食べない日もありました。
子どもにはなるべく気づかれないようにしていました。
でもある日、財布の中身を確認しながら、給食費のことまで心配している自分に気づきました。
「ここまで来たら、もう節約だけでは無理だ」と感じました。
自治体のひとり親家庭向けの相談窓口へ行きました。
最初はかなり抵抗がありました。
私はずっと、「離婚したのだから自分で子どもを育てなければ」と思っていました。
相談することを、どこかで失敗のように感じていました。
窓口では、今の収入や子どもの年齢、生活の状況などを話しました。
そこで、利用できる可能性のある支援や貸付について教えてもらいました。
私はその時まで、ひとり親向けの制度についてすべて知っているつもりでした。
児童扶養手当くらいは知っていました。
でも、相談して初めて知るものもありました。
制度を知らないことより、「自分は対象外だろう」と勝手に決めつけていたことのほうが大きかったと感じました。
一番助かったのは、制度だけではありません。
家計の状況を誰かと一緒に整理できたことです。
私はずっと一人で電卓をたたいていました。
足りない。
また計算する。
やっぱり足りない。
その繰り返しでした。
誰かに話すことで、少し頭の中が整理されました。
今でも生活に余裕があるわけではありません。
でも、「困った時に相談していい」と思えるようになったことは大きかったです。

私の場合、制度より先に頼ったのは家族でした。
ただ、そこに至るまでかなり時間がかかりました。
当時は一人暮らしで、仕事を辞めた直後でした。
貯金は少しありました。
次の仕事が決まるまで持つだろうと思っていました。
でも想像より転職活動が長引きました。
家賃を優先して払いました。
食費を減らしました。
公共料金は、払えるものから払いました。
だんだん請求書を見るのが嫌になりました。
封筒を開けず、そのまま机の上へ置くこともありました。
ある日、電気料金について、このままでは止まるという内容の通知を見ました。
そこでようやく怖くなりました。
財布にもほとんどお金がありません。
親へ電話しようと思いました。
でもできませんでした。
実家を出る時に、父から「困って戻ってくるなよ」と冗談で言われたことを覚えていたからです。
本当に戻ることになったら格好悪い。
お金を借りるなんてもっと嫌だ。
そう思っていました。
結局、その日の夜に母へ電話しました。
最初は普通の話をしました。
仕事を探していること。
最近寒くなったこと。
なかなか本題を言えません。
最後に、「ちょっとお金が足りない」と言いました。
母は少し黙ってから、「どのくらい?」と聞きました。
怒られませんでした。
翌日、親から数万円借りました。
それで公共料金と当面の食費を払いました。
私はその時、かなり情けない気持ちでした。
でも同時に、本当にほっとしました。
電気が止まるところまで黙っているくらいなら、もっと早く「助けて」と言えばよかったと思いました。
その後、仕事が決まってから毎月少しずつ返しました。
父にも事情を話しました。
すると「そういう時くらい言え」と言われました。
自分が勝手に怖がっていただけだった部分もあります。
今は、家族へ頼れる人が全員同じように頼れるとは思いません。
家族関係はいろいろあります。
ただ私の場合は、助けを求めることへの恥ずかしさが、状況を必要以上に悪くしていました。

夫と別居した直後、生活費が一気に厳しくなりました。
それまでは二人の収入で払っていた家賃や光熱費を、自分一人で負担しなければなりません。
仕事はしていましたが、急に増えた負担には追いつきませんでした。
最初に削ったのは食費です。
スーパーへ行く時間も変わりました。
夕方ではなく、値引きシールが貼られる時間を狙って行きます。
半額のお弁当。
値引きされたパン。
安くなった豆腐。
それを買って数日つなぎました。
ある時、職場の同僚から「最近ちゃんと食べてる?」と聞かれました。
自分では普通にしていたつもりでしたが、昼食が毎日かなり少なかったので気づかれたようです。
私は最初、「ダイエット」とごまかしました。
でも何度か聞かれて、生活が厳しいことを話しました。
その人からフードバンクや食料支援をしているところがあると教えてもらいました。
私は知りませんでした。
知ってからも、すぐには行けませんでした。
「食べ物をもらうほど困っている人間なのか」と考えたからです。
自分より大変な人がいる。
自分が受け取ったら、その人の分が減るのではないか。
そんなことまで考えました。
結局、食費が本当に厳しくなった時に相談しました。
食品を受け取った時は、ありがたい気持ちと恥ずかしい気持ちが両方ありました。
お米。
レトルト食品。
乾麺。
缶詰。
家へ持ち帰って並べると、しばらく食べられるという安心感がありました。
生活費が足りない時、現金だけが助けになるわけではありません。食費が浮くだけでも、その分を家賃や光熱費へ回せました。
この経験から、私は「支援=お金をもらうこと」というイメージが変わりました。
食べ物。
相談。
仕事探し。
いろいろな形があります。
当時の私には、まず食べるものがあることが一番助かりました。

私の場合、突然失業したわけではありません。
仕事もしていました。
毎月給料も入っていました。
それなのに、月末になると生活費が足りなくなりました。
最初は自分でも理由がわかりませんでした。
外食をたくさんしているわけではありません。
高い服を買うこともありません。
旅行にもほとんど行きません。
だから私はずっと、「給料が低いから仕方ない」と思っていました。
足りなくなるとクレジットカードを使います。
翌月、カードの引き落としがあります。
するとまた生活費が少なくなります。
またカードを使います。
これを繰り返していました。
ある月、カードの引き落としと家賃が重なり、給料が入って数日しか経っていないのに口座残高がかなり減りました。
その時、「このままでは毎月同じことになる」と思いました。
インターネットで相談先を探して、自立相談支援の窓口へ行きました。
そこで家計について一緒に整理する支援があると聞きました。
最初は少し抵抗がありました。
家計簿を人に見せるようで恥ずかしかったからです。
でも実際に収入と支出を書き出してみると、自分でも驚きました。
問題は大きな買い物ではありませんでした。
スマートフォンの料金。
いくつか契約していた動画配信サービス。
コンビニ。
仕事帰りの飲み物。
クレジットカードの分割払い。
一つずつ見ると小さいのですが、全部合わせるとかなりの金額でした。
特に驚いたのは、カード払いです。
私は「今月使ったお金」だけを見ていました。
でも実際には、過去に使った分の支払いが毎月残っています。
生活費が足りない原因は、今月の浪費ではなく、「過去の支払いが毎月の家計を圧迫していること」でした。
そこから、不要な契約を解約しました。
カードを使う回数も減らしました。
家計表を見ながら、毎月いくらまでなら使えるかを決めました。
劇的に生活が楽になったわけではありません。
でも、「なぜ足りないのかわからない」という状態から抜けられました。
以前は月末になるたびに不安になっていました。
今は少なくとも、何にいくら必要なのかが見えます。
私には、それだけでも大きな変化でした。

私は長い間、生活保護という言葉に強い抵抗がありました。
自分には関係のない制度だと思っていました。
働ける間は働く。
お金が足りなければ節約する。
それでも足りなければ家族に相談する。
生活保護は、そのもっと先にあるものだと思っていました。
ところが50代になって体調を崩し、仕事を続けることが難しくなりました。
最初は休みながら働いていました。
そのうち勤務日数が減りました。
収入も減りました。
貯金を使いました。
冬になると暖房費もかかります。
北海道なので、暖房を完全に止めて生活するわけにはいきません。
食費を減らしました。
買い物へ行く回数も減らしました。
それでも、生活費は足りなくなりました。
親はすでに亡くなっています。
兄弟とは疎遠でした。
頼れる人がほとんどいませんでした。
それでも私は福祉事務所へ行きませんでした。
「まだそこまでではない」
何度もそう思いました。
でも、家賃を払ったあとに食費と光熱費がほとんど残らなくなった月がありました。
その時、病院の相談員から福祉事務所へ相談してみるよう勧められました。
行くまで数日迷いました。
建物の前まで行って、一度帰ったこともあります。
次の日、もう一度行きました。
窓口で「生活ができなくなっています」と言いました。
その一言を言うのが本当に嫌でした。
自分が今まで積み上げてきたものを全部否定するような気持ちになりました。
でも、担当の人から生活状況を聞かれているうちに、少しずつ落ち着きました。
収入。
貯金。
家賃。
体調。
仕事。
一つずつ話しました。
制度の説明も受けました。
私にとって大きかったのは、「生活保護を受けるかどうかを自分一人で決めてから行く場所ではなく、まず相談できる場所だった」と知ったことです。
その後、自分の状況に応じて手続きを進めました。
今振り返ると、私は「福祉事務所へ行ったら人生が終わる」くらいに考えていました。
実際には逆でした。
生活を続けるために相談へ行きました。
あの日は本当に恥ずかしかったです。
でも、帰り道では少しだけ肩の力が抜けていました。

私は会社を辞めた時、雇用保険についてほとんど知りませんでした。
失業したら何か給付がある。
それくらいの知識でした。
退職後は少し休んでから仕事を探そうと思っていました。
貯金もありました。
でも、生活費は思った以上の速さで減りました。
家賃。
食費。
保険。
スマートフォン。
仕事へ行っていないので交通費や昼食代は減りましたが、それでも毎月かなり出ていきます。
私は「失業給付があるから大丈夫」と思っていました。
ところが、具体的な手続きや条件について何も確認していませんでした。
退職後しばらくしてからハローワークへ行きました。
そこで初めて、手続きをして、求職活動をしながら受給につなげていくものだと実感しました。
私の場合、もっと早く動けばよかったと思いました。
退職直後は「少しくらい休みたい」と考えていました。
でも、貯金が減り始めると急に焦ります。
毎日銀行口座を確認するようになりました。
仕事を探していても、「この会社へ入りたい」という気持ちより、「早く給料が欲しい」という気持ちが強くなります。
それが一番つらかったです。
生活費が減っていく不安が大きくなるほど、仕事を落ち着いて選べなくなりました。
基本手当の手続きを進めながら、支出も見直しました。
家にいる時間が増えたので、自炊も増やしました。
不要な買い物もやめました。
給付だけですべて解決したわけではありません。
でも、生活費が完全にゼロへ向かって減り続ける状態から少し離れられたことで、仕事探しにも余裕が戻りました。
次の会社を決める時も、「とにかくどこでもいい」という状態からは抜けられました。
私は退職する時、次の仕事だけを考えていました。
今なら、退職後のお金についても同じくらい確認すると思います。

体調を崩して仕事を休むことになった時、一番最初に考えたのは生活費でした。
医師から「しばらく仕事を休んだほうがいい」と言われました。
でも私は、「そんなに休んだら給料はどうなるんだろう」と思いました。
一人暮らしです。
家賃があります。
車のローンもありました。
貯金はそれほどありません。
最初は無理をして出勤しようとしました。
会社にも「少し休めば戻れます」と言っていました。
でも体調は良くなりませんでした。
結果として、まとまった期間休むことになりました。
自宅で休んでいても、頭の中はお金のことばかりです。
翌月の家賃。
電気代。
食費。
病院代。
「治療に集中してください」と言われても、集中できません。
そんな時、会社の担当者から傷病手当金について説明を受けました。
私は名前も知りませんでした。
健康保険にそういう仕組みがあること自体、考えたことがありませんでした。
自分が対象になるか確認し、必要な手続きを進めました。
医師に書いてもらう部分もありました。
会社側の手続きもありました。
すぐにすべてが終わるわけではありません。
それでも、受け取れる可能性があるとわかっただけで気持ちはかなり変わりました。
それまで私は「働けない=収入が完全になくなる」と思い込んでいました。
そこから、ようやく休むことを受け入れられるようになりました。
もし知らなかったら、無理に仕事へ戻ろうとしていたと思います。
生活費の不安が、治療の判断まで変えていたかもしれません。
体調が戻って仕事へ復帰した後も、傷病手当金のことは職場の後輩に話したことがあります。
自分が知らなかったので、「こういう制度があることだけでも知っておいたほうがいい」と思うようになりました。

生活費が足りなくなって一番つらかったのは、請求書でした。
毎月何か届きます。
電気。
ガス。
税金。
保険料。
最初は一つずつ払っていました。
でも収入が減り、全部は払えなくなりました。
私は優先順位をつけることができませんでした。
怖くなって、封筒を開けないようになりました。
机の引き出しに入れます。
また届きます。
それも入れます。
見なければ少しだけ忘れられました。
でも夜になると、「あの封筒どうしよう」と考えます。
ある日、電気料金の通知を見て、もう逃げられないと思いました。
自治体の生活相談窓口へ行きました。
家計の相談をすることになり、家にある請求書を全部持ってきてくださいと言われました。
私は恥ずかしかったです。
未開封の封筒が何通もありました。
窓口で一つずつ整理しました。
そこで初めて、何をどのくらい滞納しているのか、自分でも正確に把握しました。
想像より少なかったものもありました。
逆に、思っていたより増えていたものもありました。
支払いについて相談できる先を確認し、一つずつ連絡しました。
お金が増えたわけではありませんが、「何がいくら遅れているかわからない」という恐怖がなくなっただけで、かなり楽になりました。
それまで私は、払えないなら相談しても意味がないと思っていました。
でも、払えないからこそ早めに相談する必要があることを知りました。
今でも請求書が届くと少し緊張します。
でも、もう引き出しには隠しません。
生活費が足りなくなった時に頼ったものは、一つではありませんでした。
社会福祉協議会へ相談した人。
住まいに関する支援を調べた人。
ひとり親向けの相談窓口へ行った人。
家族から一時的に借りた人。
フードバンクを利用した人。
家計改善支援で支出を一緒に整理した人。
福祉事務所へ相談した人。
失業中の給付についてハローワークで手続きをした人。
病気で休んだことをきっかけに傷病手当金を知った人。
同じ「生活費が足りない」という状態でも、原因が違えば、必要になる助けも変わります。
失業で収入そのものがなくなった人。
病気で働けなくなった人。
家賃の負担が重くなった人。
カード払いが積み重なった人。
家庭環境が変わった人。
食費だけが足りなくなった人。
そして多くの体験で共通していたのは、ぎりぎりになるまで一人で何とかしようとしていたことでした。
財布にほとんどお金がなくなってから相談した人がいます。
電気が止まりそうになってから家族へ連絡した人もいます。
何通もの請求書を隠したあとに窓口へ行った人もいました。
相談することへの抵抗は、人によって違います。
恥ずかしい。
怒られそう。
自分より困っている人が使うものだと思う。
制度の対象にならないと思う。
家族には知られたくない。
いろいろな理由があります。
それでも、実際に相談した人の中には、「もっと早く動けばよかった」と振り返る人が何人もいました。
支援を受けることだけが相談の目的ではありません。
利用できる可能性のある制度を知る。
家計を整理する。
滞納している支払いを確認する。
仕事を探す。
食料について相談する。
次に何をすればよいか、一緒に考えてもらう。
それだけでも状況が変わることがあります。
生活費が足りなくなった時、誰かの体験をそのまま真似できるとは限りません。
ただ、「こんなところへ相談した人もいる」「こんな助け方もあった」と知っていることで、追い詰められた時の選択肢は少し増えます。
生活費が足りない時に一人で全部解決することだけが、生活を立て直す方法ではありません。

状況によって相談先は変わりますが、自治体の生活相談窓口や自立相談支援機関、社会福祉協議会などがあります。
どの制度を使えばいいかわからない場合でも、まず今の収入や家賃、滞納状況などを相談することから始められます。
失業、病気、家賃の負担、ひとり親家庭など、困っている理由によって利用できる可能性のある制度は異なります。
住居確保給付金、生活福祉資金、雇用保険の基本手当、傷病手当金、生活保護などにつながる場合もあります。
対象条件があるため、自分だけで判断せず相談窓口で確認するとよいでしょう。
生活福祉資金については、地域の社会福祉協議会が相談窓口になります。
収入や世帯状況などによって利用できるかどうかが異なります。
「すぐ現金を借りられる制度」と考えるのではなく、まず相談して自分の状況に合う支援があるか確認することが大切です。
一定の条件を満たす場合、住居確保給付金を利用できる可能性があります。
ただし、対象になるかどうかは収入や資産、就労状況などによって異なります。
家賃を滞納してからではなく、支払いが厳しくなった段階で早めに相談する方法もあります。
地域によっては、フードバンクやフードパントリーなどの食料支援を利用できる場合があります。
自治体や社会福祉協議会、地域の支援団体から案内してもらえることもあります。
現金の支援だけでなく、食料を受け取ることで生活費全体の負担を軽くできる場合もあります。
健康保険の被保険者で一定の条件を満たす場合、傷病手当金を受けられる可能性があります。
勤務先や加入している健康保険へ確認するとよいでしょう。
体調が悪い状態で無理に働き続ける前に、利用できる制度がないか確認することも大切です。
雇用保険の加入状況など一定の条件を満たす場合、基本手当を受けられる可能性があります。
ハローワークで手続きや受給条件を確認できます。
退職後すぐに生活費が厳しくなりそうな場合は、貯金が減ってからではなく早めに手続きを確認しておくと安心です。
生活が成り立たなくなるまで一人で我慢する必要はありません。
生活保護については、地域を担当する福祉事務所で相談できます。
自分が対象になるかわからない場合でも、現在の収入や資産、生活状況を伝えて相談できます。
自立相談支援機関などで、家計改善支援につながる場合があります。
収入と支出、滞納、借入れなどを整理しながら、生活を立て直す方法を一緒に考えてもらえます。
「何に使っているかわからないまま毎月足りない」という場合でも、第三者と家計を整理することで原因が見えてくることがあります。
家賃や公共料金を滞納してからでなくても相談できます。
「来月は払えそうにない」「貯金が急速に減っている」と感じた段階で動く人もいます。
ぎりぎりになるほど選択肢が少なくなることもあるため、早めに相談することが大切です。
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