文化の日の体験談|地域の文化祭や伝統芸能、それぞれの11月3日の思い出
文化の日は公民館が町で一番にぎやかになる日でした|秋田県・49歳・女性 文化の日に獅子舞へ出るのが子どものころからの決...続きを読む

11月3日の文化の日。
学校や地域の文化祭を思い出す人もいれば、美術館や博物館へ出かけた記憶が残っている人もいます。
ただ、「文化」という言葉から思い浮かべるものは、人によってかなり違います。
地域に伝わる獅子舞を演じた人。
公民館で近所のお年寄りの作品を初めて見た人。
焼き物の町で育ち、子どものころから陶器に囲まれていた人。
祖父に連れられて郷土資料館へ行き、自分の町の昔を初めて知った人。
毎年書道展へ作品を出すことが、11月の恒例だった人もいます。
文化の日は全国共通の祝日ですが、そこで触れる「文化」は、その土地や家庭によってまったく違う姿をしています。
子どものころは退屈だと思っていた地域行事が、大人になると懐かしく感じることもあります。
逆に、何となく参加した催しが、その後の趣味につながることもあります。
ここでは、それぞれの暮らしの中に残っている文化の日の体験を紹介していきます。

私が子どものころ、文化の日が近づくと地域の公民館で文化祭が開かれていました。
今思えば、とても手作り感のある文化祭です。
有名な作品が展示されるわけではありません。
近所の人たちが作ったものが並びます。
書道。
絵。
写真。
編み物。
俳句。
手芸。
そこに、なぜか立派な野菜までありました。
私は子どものころ、「野菜も文化なのかな」と不思議に思っていました。
祖母は毎年、編み物を出していました。
セーターだった年もあります。
小さなバッグだった年もあります。
家ではいつも見ていたものなので、私には特別に感じませんでした。
でも公民館に飾られ、名前を書いた札まで付くと、急に立派に見えます。
祖母は自分から「見に行こう」とは言いませんでした。
母が「今年も出してるから見に行こう」と言って、家族で向かいます。
会場へ着くと、祖母は自分の作品の前を素通りしようとします。
私が「これ、おばあちゃんのだ」と大声を出すと、「静かにしなさい」と言われました。
でも、少しうれしそうでした。
別の部屋では地域の人が舞台発表をしています。
民謡。
踊り。
楽器演奏。
知っているおじさんやおばさんが、普段とは違う服を着て舞台に立っています。
子どもの私は、それを見るのが少し恥ずかしかったです。
特に学校の友達のお母さんが踊っていると、なぜか目を合わせにくくなりました。
今思えば、かなり失礼だったと思います。
大人になり地元を離れてから、そうした文化祭へ行く機会はなくなりました。
ある年、文化の日に帰省すると、母から「公民館で文化祭やってるよ」と言われました。
久しぶりに行ってみました。
規模は少し小さくなっていました。
それでも作品は並んでいます。
昔から知っている人の名前もありました。
子どものころは地味だと思っていた展示が、今では「この町の人たちが一年間続けてきたものを見せる場所」だったのだと感じます。
祖母はもういません。
編み物の展示もありません。
それでも公民館へ入ると、作品の前で照れていた祖母を思い出します。

私が育った地域では、秋になると獅子舞の行事がありました。
文化の日の時期には地域の催しで披露することもあり、子どものころから参加していました。
私は最初、獅子を演じるわけではありません。
太鼓を担当しました。
小学生のころです。
周りの友達が祝日に遊びに行く話をしている中、私は朝から地域の集会所へ行きます。
衣装を着て、太鼓を準備します。
正直、当時は面倒でした。
練習もあります。
同じリズムを何度も繰り返します。
少し間違えると年上の人から注意されます。
「なんで休みの日まで練習しないといけないんだ」と思っていました。
それでも本番になると、少し気持ちが変わります。
獅子が動き始めます。
太鼓をたたきます。
地域の人が集まって見ています。
普段話したことのない人からも「上手になったな」と言われます。
中学生になるころには、下の学年へ教える側になっていました。
いつの間にか、「去年よりうまくやりたい」と思うようになっていました。
高校卒業後は県外へ出ました。
就職してからは、毎年参加できません。
しばらく獅子舞から離れていました。
30代になって文化の日の連休に帰省した時、地域の催しで久しぶりに獅子舞を見ました。
太鼓の音を聞いた瞬間、昔のリズムが頭に戻ってきました。
手が勝手に動きそうな感覚がありました。
子どものころは「古い行事をやらされている」と思っていましたが、離れてみると、自分の中にもちゃんと残っていました。
今では帰省の予定が合えば顔を出すことがあります。
若い人が減っているので、「今度はこっちが手伝う番かな」と思うようになりました。

私が育った地域では、焼き物が身近にありました。
家にもいろいろな器があります。
学校でも焼き物の話を聞きます。
親戚や知り合いに陶器に関わる仕事をしている人もいました。
そのため、子どものころは焼き物を特別な文化だと思っていませんでした。
文化の日のころになると、家族で窯元や陶器を見て歩くことがありました。
両親は器を真剣に見ています。
皿を持ち上げます。
裏返します。
色を見ます。
私は退屈でした。
「どれも皿じゃないか」と思っていました。
そんな私が楽しみにしていたのは、お店で出してもらうお茶やお菓子です。
窯元によっては、大人たちが話している間に子どもへお菓子をくれることがありました。
私は器を見るより、そちらを覚えています。
母は毎年少しずつ器を買いました。
高価なものばかりではありません。
小皿を1枚だけ買う年もあります。
「また皿を買うの?」と私はよく言っていました。
それから県外の大学へ進学しました。
一人暮らしを始めた時、実家から食器を少し持って行きました。
何気なく使っていました。
ある日、友人が遊びに来て、「この器いいね」と言いました。
私は初めて、自分が毎日使っている器をじっくり見ました。
実家ではあまりに普通だったので、気づかなかったです。
帰省した文化の日に母と久しぶりに窯元を歩きました。
昔とは逆に、今度は私が器を手に取っていました。
母から「昔は早く帰りたいって言ってたのに」と笑われました。
地元にいたころは当たり前すぎて文化だと思わなかったものを、離れてから初めて「自分の土地らしいもの」と感じました。
今では文化の日のころに帰省すると、小さな器を一つ買うことがあります。
母と同じことをするようになりました。

小学生のころ、文化の日に祖父と二人で郷土資料館へ行ったことがあります。
父と母には別の予定がありました。
祖父が「せっかくだから行くか」と言いました。
私はあまり乗り気ではありませんでした。
遊園地でもありません。
映画でもありません。
地域の古い道具が展示されている施設です。
子どもの私には魅力がわかりませんでした。
中へ入ると、昔の農具や生活道具が並んでいました。
木でできた道具。
古い釜。
昔の写真。
私は説明文をほとんど読みませんでした。
でも祖父は一つひとつ見ています。
ある道具の前で、「これは昔うちにもあった」と言いました。
そこから急に話が始まりました。
子どものころに田畑を手伝ったこと。
冬が今より大変だったこと。
道路が舗装されていなかったこと。
家の近くに昔は店があったこと。
展示物そのものより、祖父の話のほうが面白くなりました。
古い町の写真を見て、祖父が「ここが今の交差点だ」と教えてくれました。
私は信じられませんでした。
自分が毎日通っている場所が、写真ではまったく違う景色だからです。
それまで私は、歴史というと教科書に出てくる有名な出来事のことだと思っていました。
自分が暮らしている普通の町にも、祖父が子どもだったころの暮らしがあり、それも歴史なのだと初めて感じました。
祖父が亡くなったあと、その資料館へもう一度行きました。
子どものころとは違い、説明文も読みました。
あの時祖父がもっと話してくれていたことを、ちゃんと聞いておけばよかったと思いました。
私にとって文化の日の一番強い記憶は、有名な美術品ではなく、古い農具の前で話していた祖父です。

小学生のころ、私は習字を習っていました。
上手だったかと言われると、自分ではよくわかりません。
ただ、書くことは好きでした。
秋になると、地域の書道展へ出す作品を書きました。
先生からお手本をもらいます。
いつもの練習より大きな紙に書くこともありました。
一度書いて終わりではありません。
何枚も書きます。
先生がその中から選びます。
私は「最初のほうがよかった」と思っても、先生は最後に書いたものを選んだりします。
文化の日のころになると、作品が地域の施設に展示されました。
家族で見に行きます。
会場にはたくさんの作品があります。
私は入った瞬間から、自分の名前を探しました。
ほかの人の作品を見るより先に、自分です。
自分の字が額に入って壁に掛けられていると、それだけで立派に見えました。
家で書いた時とは別物のようでした。
賞をもらった年もあります。
もらえなかった年もあります。
でも、不思議と賞の名前はあまり覚えていません。
覚えているのは、父が作品の前で写真を撮ってくれたことです。
母が「今年の字は力強いね」と言ったことです。
私は毎年似たような言葉を言われていた気もします。
中学生になると習字をやめました。
高校生になったころには、文化の日の書道展へ行くこともなくなりました。
それから長い間、筆を持っていません。
数年前、実家を整理していた時、母が昔の作品を何枚か残していることを知りました。
「まだ持ってたの?」と聞きました。
母は「捨てられないよ」と言いました。
私は自分でも忘れていた作品を見ました。
決してすごく上手ではありません。
でも、当時の自分が一生懸命書いたことは伝わりました。
文化の日の書道展は、作品を評価してもらう場所というより、子どもの一年分の成長を家族が見る行事だったのかもしれません。
今は自分の子どもが学校で書いた作品を家へ持ち帰ってきます。
簡単には捨てられません。
母の気持ちが少しわかるようになりました。

大学時代、私は京都に住んでいました。
京都に住んでいると言うと、よく「寺や神社に詳しいでしょう」と聞かれました。
でも実際は、ほとんど知りませんでした。
有名な場所も、観光客が多いからという理由で避けていました。
文化の日も、最初のころは普通の祝日という感覚でした。
ある年、友人から「普段見られない場所が公開されているところがある」と聞きました。
特別公開という言葉に少し興味を持ち、一緒に出かけました。
最初に入った寺では、建物そのものより案内してくれた人の話が印象に残りました。
「この部屋は普段は入れません」
「この絵はここから見ると表情が違って見えます」
そんな説明を聞きながら見ると、ただ古い建物を見るのとは違って感じました。
その日は一カ所だけのつもりでした。
でも帰り道に別の公開場所を見つけ、そこにも入りました。
結局かなり歩きました。
翌年も文化の日が近づくと、どこか行ってみようという話になりました。
それから数年間、友人と寺社や古い建物を巡るのが恒例になりました。
学生なのでお金はありません。
昼食も安い店で済ませます。
でも一日歩いて、夕方に喫茶店で休む時間まで含めて楽しかったです。
京都に住んでいるだけでは気づかなかったものを、文化の日が「一度ちゃんと見てみよう」と思うきっかけにしてくれました。
卒業後は京都を離れました。
今でも文化の日が近づくと、当時一緒に歩いた友人から「今年はどこか行った?」と連絡が来ることがあります。

私の祖父は地域の郷土芸能に長く関わっていました。
子どものころから家で練習する姿を見ていました。
でも私はあまり興味がありませんでした。
同じ動きを何度も繰り返しています。
音もよく聞いていました。
そのため、特別なものという感覚がなかったです。
文化の日のころ、地域の文化発表会で祖父たちが舞台に出ることになりました。
母から「見に行くよ」と言われました。
私は正直、乗り気ではありませんでした。
友達と遊びたかったです。
それでも会場へ行きました。
舞台の幕が開き、祖父が衣装を着て出てきました。
普段家で見る姿とはまったく違いました。
姿勢も違います。
表情も違います。
動きも力強く見えました。
私は途中からかなり真剣に見ていました。
終わったあと、祖父へ「すごかった」と言いました。
祖父は「そうか」とだけ答えました。
でも、少しうれしそうでした。
その後、祖父から昔の祭りの話や、自分が誰から踊りを習ったかを聞くようになりました。
私は実際に継ぐことはありませんでした。
それでも、祖父が続けていたものを以前とは違う目で見るようになりました。
身近すぎるものほど、その価値に気づきにくいことがあります。文化の日の舞台で、私は初めて祖父の踊りを「地域に残るもの」として見ました。
祖父が亡くなったあとも、その映像は家に残っています。
たまに見ると、あの日の舞台の空気まで思い出します。

私は美術に詳しくありません。
学生時代も美術の成績は普通でした。
美術館にもほとんど行ったことがありませんでした。
何となく「絵が好きな人や詳しい人が行く場所」という印象がありました。
ある文化の日、友人と出かけた時に、入館しやすい催しが行われている美術館がありました。
予定もなかったので、「せっかくだから入ってみよう」となりました。
私は展示の説明を全部理解しようとしていました。
でも途中で疲れました。
友人はもっと自由でした。
気になる作品だけ長く見ます。
興味がないものはすぐ次へ行きます。
私は「そんな見方でいいんだ」と思いました。
そこで自分も同じようにしてみました。
すると、一枚だけなぜか気になる絵がありました。
有名な作品かどうかも知りません。
技法もわかりません。
でも、しばらくその前に立っていました。
帰りにポストカードを買いました。
それが私にとって、初めて自分で選んだ美術品のようなものでした。
美術館では正しく理解しなければいけないと思っていましたが、「好きかどうかだけでも見ていい」とわかったことで急に身近になりました。
その後、美術館へ頻繁に通うようになったわけではありません。
それでも年に何度か、気になる展示があると入るようになりました。
文化の日に何となく入ったあの日が、自分にはちょうどいい入口でした。

祖母の家には、昔から織物や布がありました。
子どものころから見ていたので、私は特に気にしていませんでした。
「おばあちゃんの家にある布」という感覚です。
ある文化の日のころ、地域で織物に触れる催しがありました。
祖母が「行ってみる?」と言ったので、一緒に行きました。
簡単な機織りを体験できました。
糸を通します。
手を動かします。
少し進んだだけなのに時間がかかります。
私は思っていたより難しくて驚きました。
祖母は私よりずっと自然に手を動かしていました。
そこで初めて、祖母が若いころ織物をしていたことを詳しく聞きました。
私はそれまで知りませんでした。
家に帰ると、祖母が古い布を何枚か出してきました。
以前なら「きれいだね」で終わっていたと思います。
でも、その日は違いました。
この幅を織るのにどのくらい時間がかかるのか。
この模様はどうやって作るのか。
質問したいことが増えました。
祖母も一つずつ説明してくれました。
体験する前はただの古い布に見えていたものが、誰かが長い時間をかけて作ったものだとわかると、見え方がまったく変わりました。
祖母が亡くなったあと、その布の一部は母が保管しています。
私は見るたびに、文化の日に初めて機織りをした時のぎこちない手つきを思い出します。

私は生まれてから長く同じ地域で暮らしています。
だから、自分の町のことはだいたい知っているつもりでした。
有名な場所も知っています。
観光客に道を聞かれて案内することもできます。
ある年、文化の日の時期に地域の歴史に関する催しを手伝うことになりました。
人手が足りないからという理由でした。
私は会場案内くらいだと思っていました。
ところが準備をしていると、古い写真や資料が次々に出てきました。
今は駐車場になっている場所に昔どんな建物があったか。
昔の港がどのように使われていたか。
地名がどうしてそう呼ばれるようになったか。
知らないことばかりでした。
さらに驚いたのは、県外から来た人のほうが詳しい場面があったことです。
「この建物は昔ここにあったんですよね」と聞かれ、私は答えられませんでした。
隣にいた年配のスタッフが説明してくれました。
少し恥ずかしかったです。
でも、その人から話を聞いていると面白くなりました。
催しが終わったあと、気になった場所を自分で歩いてみました。
何度も通った道なのに、以前とは少し違って見えました。
長く住んでいることと、その土地の歴史を知っていることは同じではありませんでした。
それ以来、古い建物や地名を見ると「これはいつからあるんだろう」と考えるようになりました。
文化の日の行事を手伝ったことで、観光客に説明するためではなく、自分のために町を知りたいと思うようになりました。
文化の日の思い出には、いろいろな形がありました。
公民館に並んだ編み物。
地域に伝わる獅子舞。
焼き物の町を歩いた記憶。
祖父と見た昔の農具。
子どものころに出した書道作品。
寺社の特別公開。
祖父が演じた郷土芸能。
初めて入った美術館。
祖母と体験した機織り。
普段歩いている町の歴史。
「文化」という言葉は大きく聞こえますが、実際の体験では、その土地や家族の日常に近いところに文化が残っていました。
地域に暮らしている時は、昔からあるものを特別だと思わないことがあります。
毎年見る獅子舞。
家にある器。
祖母が作る編み物。
祖父が知っている昔の町。
あまりに身近だからこそ、子どものころは面倒だったり、退屈だったりします。
それでも地元を離れたり、家族が年齢を重ねたりすると、その見え方が変わることがあります。
文化の日をきっかけに何か新しいものを見る人もいれば、ずっと身近にあったものの価値に初めて気づく人もいました。
大きなイベントへ行かなくても、昔の写真を見る。
地域の展示をのぞく。
家族から昔の暮らしを聞く。
そうした小さな体験も、その人にとって忘れにくい文化の日になっています。

決まった過ごし方があるわけではありません。
美術館や博物館へ行く人もいれば、地域の文化祭や伝統芸能、書道展、工芸体験などに触れる人もいます。
身近な地域の歴史や家族に受け継がれてきたものを知るきっかけにする人もいます。
文化の日は毎年11月3日です。
曜日によって変わる祝日ではなく、日付は固定されています。
あります。
地域によっては、公民館や文化施設などで作品展示や舞台発表が行われます。
書道、絵画、写真、手芸、民謡、踊りなど、その土地で活動している人たちの作品や発表に触れられることもあります。
文化の日をきっかけに美術館や博物館へ出かける人もいます。
施設によっては特別な催しや公開が行われることもあります。
詳しい知識がなくても、気になる作品や展示を自分なりに楽しむきっかけにできます。
かなり違います。
焼き物が身近な地域では窯元を巡ったり、郷土芸能が残る地域では発表会に参加したりすることがあります。
地域の歴史や産業、伝統によって、文化の日に触れるものも変わります。
美術館や博物館だけでなく、地域の文化祭、郷土資料館、工芸体験なども選択肢になります。
子どもが興味を持てるものから始めると、無理なく楽しみやすくなります。
見るだけでなく、書く、作る、演奏するなど、実際に体験できるものを選ぶ方法もあります。
伝統文化だけに限られるわけではありません。
絵画や音楽、写真、文学、現代の作品など、さまざまな文化に触れるきっかけになります。
家族の昔話や地域の歴史を聞くことも、その人にとって文化を知る時間になります。
もちろんです。
近所の展示を見る、昔の写真を家族で見返す、本を読む、気になっていた作品を見るなど、身近な過ごし方もあります。
大きな行事へ出かけなくても、自分の暮らしの中にある文化へ目を向ける一日にできます。
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