文化の日の体験談|地域の文化祭や伝統芸能、それぞれの11月3日の思い出
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9月9日と聞いて、「重陽の節句」をすぐに思い浮かべる人は、それほど多くないかもしれません。
桃の節句や端午の節句は子どものころから知っていたのに、重陽の節句については大人になるまで知らなかったという人もいます。
一方で、子どものころから家に菊が飾られていた人もいます。
祖父母と栗ご飯を食べていたけれど、それが重陽の節句と関係する習慣だとは後になって知った人もいます。
9月9日が自分や家族の誕生日だったことから、偶然この行事を知った人もいます。
同じ「重陽の節句」でも、その人が出会ったきっかけや心に残っている出来事はかなり違います。
豪華な行事をした人ばかりではありません。
スーパーで一輪の菊を買っただけの人。
祖母の古い写真を見て、昔の9月9日を思い出した人。
初めて菊酒を口にして、思っていた味と違って驚いた人。
子どもに説明しようとして、自分自身が重陽の節句をほとんど知らなかったことに気づいた人。
それぞれの暮らしの中にある、少し個人的な「9月9日」の話を紹介していきます。

私にとって重陽の節句は、最初から「重陽の節句」という名前で覚えた行事ではありません。
子どものころ、9月になると祖母の家に菊が飾られていたことが始まりでした。
祖母の家へ行くと、玄関の靴箱の上や仏壇の近くに菊があります。
黄色だったり白だったり、時々紫っぽい色だったりしました。
私は子どもだったので、菊に特別な興味はありませんでした。
むしろ春のチューリップや夏のひまわりのほうが好きでした。
「また菊だ」と思っていたくらいです。
ある年、祖母に「どうして9月になると菊を飾るの?」と聞いたことがあります。
祖母は難しい説明をしませんでした。
「昔からこのころは菊を飾るんや。元気で長生きできますようにってな」
そんなことを言っていた記憶があります。
その時も私は、「ふうん」と答えただけでした。
重陽という言葉さえ覚えていませんでした。
祖母の家では、菊だけでなく栗ご飯が出る年もありました。
ただ、毎年必ず9月9日に全員が集まっていたわけではありません。
週末に遊びに行った時に栗ご飯があれば食べる。
菊が飾られていれば見る。
それくらいの、ごく普通の出来事でした。
祖母が亡くなってから何年か経ったころ、テレビで重陽の節句が紹介されていました。
「9月9日」「菊の節句」「長寿を願う」という言葉を聞いた時、急に祖母の家の玄関が浮かびました。
そこで初めて、あの菊は祖母なりに続けていた季節の行事だったのだとわかりました。
私はそれまで、祖母が単純に菊を好きだから飾っていると思っていました。
考えてみれば、祖母は重陽の節句をわざわざ説明したり、家族を集めて盛大に祝ったりしていません。
ただ季節になったら菊を飾る。
栗があれば栗ご飯を作る。
それだけでした。
だからこそ、生活の中に自然に入っていたのだと思います。
今では私も9月になると、ときどき菊を買います。
立派なものではありません。
スーパーの花売り場で数百円の菊を一束買うくらいです。
夫から「急に菊?」と聞かれたことがあります。
その時、祖母の話をしました。
自分の子どもにも話しました。
子どもの反応は、昔の私とほとんど同じでした。
「へえ、そうなんだ」
それだけです。
でも私は、それでいいと思っています。
私も子どものころは意味を知らなかったのに、大人になってから突然思い出しました。子どももいつか9月の菊を思い出すかもしれません。
重陽の節句という言葉より先に、祖母の家の匂いや玄関に置かれていた菊を思い出します。
私にとっては、それが一番身近な重陽の節句です。
私は9月9日生まれです。
でも、重陽の節句を知ったのは社会人になってからでした。
子どものころから9月9日は当然、自分の誕生日です。
数字が同じなので覚えてもらいやすく、「9が二つだから覚えやすいね」とよく言われました。
それ以上の意味がある日だとは知りませんでした。
大学生のころも知りませんでした。
社会人になって数年目の誕生日に、何となく自分の誕生日についてインターネットで調べました。
有名人なら誰と同じ誕生日なのか。
過去に何があった日なのか。
その程度の軽い気持ちでした。
そこで「重陽の節句」という言葉が出てきました。
最初は読み方もわかりませんでした。
「ちょうよう?」
検索してみると、五節句の一つで、菊の節句とも呼ばれると知りました。
桃の節句や端午の節句と同じ並びに9月9日の節句があること自体が意外でした。
「29年間、自分の誕生日なのに知らなかった」と少し笑いました。
その年、ちょうど仕事帰りにスーパーへ寄ったので、花売り場を見ました。
菊がありました。
普段なら自分で花を買うことはありません。
それでも誕生日だったこともあり、小さな菊を一束だけ買いました。
一人暮らしの部屋に帰って、コップに挿しました。
花瓶さえ持っていなかったからです。
誕生日ケーキの横に菊。
自分で見ても、かなり変な組み合わせでした。
友人に写真を送ったら、「法事みたい」と笑われました。
私自身も少しそう思いました。
でも、それが妙に印象に残っています。
それまで9月9日は「自分が生まれた日」でしかなかったのに、その年から「昔から節句として大切にされてきた日」という別の顔が加わりました。
翌年から毎年きちんと重陽の節句を祝っているわけではありません。
菊を買わない年もあります。
栗ご飯を作ったこともありません。
それでも9月9日になると、一度は重陽の節句を思い出します。
会社で誕生日を祝ってもらった時に、「実は今日は菊の節句らしいですよ」と話したこともあります。
ほとんどの人が知りませんでした。
そこから少し話が広がるのも面白いです。
今年は何か重陽らしいことをやってみようかなと思っています。
大げさなことではなく、また菊を一輪買うくらいでいいと思っています。
誕生日だから重陽の節句を知り、重陽の節句を知ったことで、自分の誕生日を少し違った目で見るようになりました。
私が重陽の節句を強く意識したのは、知人に誘われた食事会がきっかけでした。
9月初めの食事会で、店の人から「重陽の節句が近いので」と菊にちなんだ料理やお酒が出されました。
そこで初めて菊酒を飲みました。
正直に言えば、私は少し警戒していました。
「菊酒」という名前から、菊の香りや苦みがかなり強いお酒を想像していたからです。
私は香りの強いお酒があまり得意ではありません。
「これは苦手かもしれない」と思いながら口をつけました。
ところが、想像していたほど癖を感じませんでした。
拍子抜けしました。
同席していた人から「すごい顔をして飲んでいた」と笑われました。
私は重陽の節句についてもほぼ知識がなかったので、その場でいろいろ教えてもらいました。
9月9日であること。
菊と深い関わりがあること。
長寿を願う意味があること。
それまで私にとって菊は、仏壇や墓参りで目にする花という印象が強いものでした。
そのため、祝いの席と菊が結びつくことにも少し驚きました。
料理にも食用菊が使われていました。
見慣れている菊とは違いますが、「今日は菊の日なんだな」と感じる食事でした。
帰宅して妻にその話をすると、妻も重陽の節句について詳しく知りませんでした。
そこから二人で調べました。
私の場合、重陽の節句を知る入口は歴史の本でも学校の授業でもなく、一杯のお酒でした。
それ以来、毎年菊酒を飲んでいるわけではありません。
でも9月に店で食用菊を見かけたり、菊が飾られていたりすると、あの食事会を思い出します。
もしあの日に誘われていなければ、今でも重陽の節句を知らなかったかもしれません。
季節の行事は、わざわざ勉強しなくても、食事や誰かとの会話をきっかけに突然身近になることがあると感じました。
重陽の節句を知ったのは、娘の質問がきっかけでした。
娘が小学生のころ、学校か図書館で「五節句」という言葉を見たようです。
家に帰ってきて、突然「9月9日って何の日?」と聞かれました。
私は「救急の日じゃない?」と答えました。
すると娘が、「そうじゃなくて、節句」と言いました。
そこで私は止まりました。
1月7日の人日の節句についても詳しくありませんでしたが、3月3日の桃の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕ならわかります。
でも9月9日は何も出てきません。
娘に「知らない」と言うと、「お母さんも知らないんだ」と少し嬉しそうにされました。
悔しかったので、その場で一緒に調べました。
そこで初めて「重陽の節句」「菊の節句」という言葉を知りました。
私はその時40歳近くでした。
これまで学校でも習ったのかもしれませんが、完全に記憶から抜けています。
娘と一緒に調べながら、「こんな行事があったんだ」と私のほうが興味を持ちました。
ちょうど数日後が9月9日だったので、「何かやってみる?」という話になりました。
ただ、急に本格的なことはできません。
菊を買ってきて、夕食に栗を使うことにしました。
栗ご飯を最初から作る自信がなかったので、市販の栗ご飯の素を使いました。
娘は菊より栗ご飯のほうを喜んでいました。
食卓に菊を置いて、「これが菊の節句ね」と言うと、「学校で言ってみる」と嬉しそうでした。
私にとって一番印象に残ったのは重陽の節句そのものより、子どもに聞かれて親の私が初めて学んだことでした。
親になると、子どもに何かを教える側になると思っていました。
でも実際は、子どもの「これ何?」から自分が知らないことに気づく場面がたくさんあります。
重陽の節句も、その一つでした。
その翌年、私はすっかり忘れていました。
ところが9月の初めに娘から「今年も栗ご飯やる?」と言われました。
私はその時、「覚えていたんだ」と驚きました。
娘にとっては、一度しかやっていないことでも秋の記憶になっていたようです。
それから我が家では、毎年必ずではありませんが、9月になると栗ご飯を食べることがあります。
大げさな伝統ではありません。
でも、「去年もやったね」と家族で思い出せるくらいの行事なら、それでも十分なのかなと思っています。
母が亡くなったあと、しばらくして実家の片付けを始めました。
衣類や食器、写真などを少しずつ整理していく中で、古い手帳が何冊か出てきました。
母は予定を細かく書く人でした。
病院。
買い物。
友人との食事。
町内会の予定。
本当に何でも書いていました。
その手帳を何となくめくっていた時、9月9日の欄に「菊を買う」と書いてある年がありました。
一冊だけではありませんでした。
別の年の手帳にも、「菊」「栗」と短く書いてありました。
私は最初、何のことかわかりませんでした。
母は花が好きだったので、単に菊を買う予定を書いていたのだと思いました。
でも、毎年ほぼ同じ時期に書かれていることが気になりました。
そこで調べて、重陽の節句だと気づきました。
その瞬間、子どものころの記憶が少し戻ってきました。
9月になると、母が菊を花瓶に挿していたこと。
栗ご飯が食卓に出たこと。
ただ、当時はそれを行事だと思っていませんでした。
母から「今日は重陽の節句だから」と説明された記憶もありません。
いつもの季節の食卓だと思っていました。
手帳のたった数文字を見たことで、忘れていた家の習慣が急に一つの意味を持って戻ってきました。
母は華やかな行事が好きな人ではありませんでした。
節句だからと人を呼ぶこともありませんでした。
それでも、自分なりに季節の区切りを大切にしていたのだと思います。
その年の9月9日、私は初めて自分で菊を買いました。
母がどんな菊を選んでいたかは覚えていません。
だから、自分がきれいだと思ったものを買いました。
栗ご飯も作りました。
食べながら、昔の食卓を思い出しました。
味が同じだったかはわかりません。
でも、食べている間は母のことをかなり長く考えていました。
今では9月になると、母の手帳を思い出します。
私にとって重陽の節句は、伝統行事というより、母が何気なく続けていた暮らしを思い出す日になりました。

重陽の節句を知ったのは、妻と行った旅行がきっかけでした。
9月上旬、山あいの旅館に泊まりました。
その日が9月9日だということは知っていましたが、特別な意味は意識していませんでした。
夕食が始まると、料理に菊がよく使われていました。
刺身の横にも菊。
小鉢にも菊。
食前酒にも花びらが浮かんでいました。
私は妻に「今日は菊が多いね」と言いました。
その時、仲居さんから「今日は重陽の節句なので」と説明されました。
私は恥ずかしながら、重陽という言葉を知りませんでした。
「何と読むんですか」と聞いたくらいです。
五節句の一つだと教えてもらい、菊に長寿を願う意味があると聞きました。
料理自体も印象に残りましたが、それ以上に「旅先で初めて知る年中行事があるんだ」と感じたことを覚えています。
私は季節の行事にあまり関心がありませんでした。
正月や節分、ひな祭りくらいは知っています。
でも、それ以上の行事について自分から調べたことはありませんでした。
その旅行では、食事の最後に栗を使った料理も出ました。
妻は「こういうの、ちゃんと意味があるんだね」と言っていました。
私も同じ気持ちでした。
知らないまま食べれば「きれいな料理」で終わっていたものが、意味を知った途端に旅の記憶として強く残りました。
翌年、9月9日になった時に、私は自分から妻に「今日は重陽だったよね」と言いました。
妻も覚えていました。
その日は何か特別なことをしたわけではありません。
スーパーで栗のお菓子を買ったくらいです。
それでも、旅館で教えてもらったことを二人で思い出しました。
今では重陽の節句という言葉を聞くと、その旅館の夕食と、窓の外に見えた山の景色を思い出します。
私にとっては、教科書より旅行先で覚えた行事です。
私は退職してから家庭菜園を始めました。
最初はトマトやきゅうりなど、普通の野菜ばかり育てていました。
数年たってから、知人に食用菊の苗を分けてもらいました。
私はそれまで、菊を食べる習慣にそれほど詳しくありませんでした。
知人から「山形では食べるだろう」と言われましたが、家庭ではあまり出ていなかったので、自分で育てるのは初めてでした。
育ててみると、秋になるころに花が増えてきました。
その知人から「重陽のころにちょうどいいな」と言われました。
そこで重陽の節句について少し調べました。
菊と関係が深い行事だと知り、「せっかく自分で育てているなら、何かやってみよう」と思いました。
最初の年は、摘んだ菊を酢の物にしました。
料理は妻に手伝ってもらいました。
食卓に出すと、息子から「急にどうしたの」と聞かれました。
私は少し得意げに「今日は重陽の節句だ」と言いました。
家族は誰も知りませんでした。
説明している自分も、数日前まで知らなかったので不思議な気分でした。
その年から、毎年9月になると菊の状態を見るようになりました。
自然相手なので、毎年同じように咲くわけではありません。
暑さの影響で遅れる年もあります。
花が少ない年もあります。
それでも、「今年もそろそろ重陽だな」と思うようになりました。
私の場合、昔から伝わる行事を受け継いだというより、自分で育てた菊をきっかけに、60代になってから新しく習慣ができました。
今では、重陽の節句だから何か立派なことをするという感覚はありません。
菊が咲いていれば食べる。
家族に少し話す。
それだけです。
でも、毎年同じ時期に同じ花を見ていると、一年の流れがわかるようになります。
昔の人が季節ごとに節句を作った気持ちも、少しだけわかる気がします。

私は以前、重陽の節句に対して「かなり昔の行事」という印象しかありませんでした。
存在を知ったのは、仕事で季節の企画を考えることになった時です。
私は小売店で働いていて、秋の売り場企画の候補を調べていました。
その中に重陽の節句がありました。
正直、最初の感想は「これを紹介しても誰が興味を持つんだろう」でした。
9月9日に菊。
長寿を願う。
栗を食べる。
自分の日常からかなり遠いものに感じました。
それでも仕事なので調べました。
資料を読んだり、菊を使った商品を探したりしました。
すると、少しずつ見方が変わりました。
全部を昔と同じように再現しなくてもいいと気づいたからです。
菊を一輪飾る。
栗のお菓子を食べる。
家族の健康を願う。
それくらいなら、今の生活でも無理なくできます。
売り場を作った年、想像していたよりお客さんが足を止めました。
年配の女性から「懐かしいわ」と言われたこともあります。
若い夫婦が「こんな節句あるんだ」と話しているのも聞きました。
私はそれを見て、「知られていないから意味がないわけではない」と感じました。
昔の形をそのまま守ることだけが季節の行事ではなく、今の暮らしに合わせて思い出してもらうことにも意味があると思うようになりました。
その年、自宅でも初めて菊を飾りました。
仕事で散々見たので、本当なら家ではやらなくてもよかったはずです。
でも、帰りに売れ残っていた小さな菊を見て、なんとなく持ち帰りました。
一人暮らしの部屋に飾ると、思ったより落ち着きました。
それ以来、毎年必ずではありませんが、9月になると重陽の節句を思い出します。
昔の私は「自分には関係ない行事」と思っていました。
今は、「知っているだけで季節の見え方が少し増える行事」だと思っています。
私の祖父は、9月9日になると毎年同じようなことを言っていました。
「今年も九月九日まで来たな」
子どものころは、何の意味かわかりませんでした。
祖父は日付をよく口にする人だったので、私は特に気にしていませんでした。
ただ、その日は仏壇の近くに菊が置かれていた記憶があります。
食卓に栗が出ることもありました。
祖父は晩年、毎年9月9日になると少し嬉しそうでした。
私は「また今年も同じこと言ってる」と笑っていました。
祖父が亡くなったあと、ある年に重陽の節句について知りました。
長寿を願う節句だと知った時、祖父の言葉が急につながりました。
「今年も九月九日まで来たな」という言葉は、単に日付を確認していたわけではなかったのかもしれません。
一年を無事に過ごして、またこの日を迎えられたことを喜んでいたのだと、その時になって気づきました。
祖父は90歳近くまで生きました。
年齢を重ねるほど、一年を無事に過ごすことの意味も変わっていたのだと思います。
私は50代になった今でも、9月9日になると祖父の言葉を思い出します。
昔は笑って聞いていた言葉を、自分も少し理解できる年齢になってきました。
最近は妻に「今年も九月九日まで来たな」と冗談半分で言うことがあります。
妻からは「おじいちゃんみたい」と言われます。
それでも、自分では少し気に入っています。
何かを盛大に祝わなくても、今年も無事に秋を迎えられたと思うだけで十分です。
私にとって重陽の節句は、祖父の口癖を思い出す日になっています。
私は介護施設で働いています。
重陽の節句を意識するようになったのは、施設の季節行事がきっかけでした。
ある年の9月、職員同士で「今月は何をしようか」と話していた時、先輩から重陽の節句を取り入れてみようという案が出ました。
私は正直、名前くらいしか知りませんでした。
そこで菊を飾ったり、栗を使ったおやつを出したりする準備をしました。
当日、利用者さんたちに「今日は重陽の節句です」と声をかけると、私が想像していた以上に反応がありました。
ある女性は、「昔は家で菊を飾った」と話してくれました。
別の男性は、「栗ご飯を食べたな」と懐かしそうに話しました。
私は説明する側のつもりでいたのに、気づけば自分のほうが教えてもらっていました。
中でも印象に残っているのは、90代の女性です。
テーブルに飾った菊を見ながら、「こういうことをする人も少なくなったね」と静かに言いました。
その一言に、私は少し考えさせられました。
私にとっては、その日のレクリエーションの一つでした。
でも、その女性にとっては、自分が若かったころの暮らしとつながる行事だったのだと思います。
同じ菊を見ていても、私には新しい行事で、利用者さんには昔の生活を思い出すものだったことが印象に残りました。
その後は、重陽の節句だから何か特別に難しいことをしようとは思わなくなりました。
菊を飾る。
昔の話を聞く。
栗のおやつを食べる。
それだけでも、会話が広がります。
季節行事は、行事そのものを再現するだけでなく、その人の記憶を引き出すきっかけにもなると感じました。

私は重陽の節句を、スーパーのお惣菜売り場で知りました。
ある年の9月9日、仕事帰りに夕食を買いに行きました。
その日は料理をする気力がなく、何か簡単に食べられるものを探していました。
すると栗ご飯が並んでいて、値札の横に「今日は重陽の節句」と書かれた小さな説明がありました。
私はその時、重陽の節句という言葉を初めて意識しました。
「こんな日があるんだ」と思いながら、その栗ご飯を買いました。
家に帰ってから少し調べると、菊の節句とも呼ばれることを知りました。
正直、それまで節句は3月3日と5月5日くらいしか身近に感じていませんでした。
9月9日にも節句があることが不思議でした。
その日は、買ってきた栗ご飯を一人で食べました。
特別な飾り付けもありません。
菊もありません。
でも、いつもなら「今日は疲れたからお惣菜で済ませた」という夕食が、少しだけ違って感じました。
何でもない平日の夕食が、「今日は重陽の節句だから栗ご飯を食べた」という記憶に変わりました。
それ以来、9月9日が近づくと栗ご飯を少し意識するようになりました。
毎年食べるわけではありません。
でも、スーパーで見かけると「あ、もうそんな時期か」と思います。
私は伝統行事をきちんと続けているタイプではありません。
それでも、こういう小さなきっかけで季節を感じるのは悪くないと思っています。

私は子どものころ、菊があまり好きではありませんでした。
理由は、仏壇やお墓のイメージが強かったからです。
花屋で菊を見ると、「お供えの花」という印象しかありませんでした。
重陽の節句に菊を飾ることを知った時も、最初は少し違和感がありました。
お祝いの日に菊という組み合わせが、自分の中でうまくつながらなかったからです。
それが変わったのは、30代後半になってからでした。
花屋で、丸く咲く小さな菊や、淡い色の菊を見かけるようになりました。
私が子どものころに思い浮かべていた菊とは、かなり印象が違いました。
ある年の9月、重陽の節句を思い出して、小さな菊を買いました。
白ではなく、少しくすんだピンク色でした。
リビングに飾ると、想像していたより自然でした。
夫からも「こういう菊ならかわいいね」と言われました。
その時、私は自分が長い間、菊を一つのイメージだけで見ていたことに気づきました。
重陽の節句をきっかけに、昔は苦手だった花を別の目で見るようになったことが、自分には意外でした。
今では9月になると、花屋で菊を見るのが少し楽しみです。
毎年同じ色を買うわけではありません。
その年に気に入ったものを一輪か二輪だけ選びます。
私にとって重陽の節句は、昔の行事を忠実に再現する日というより、季節の花を一つ楽しむ日になっています。
私は仕事で海外の人と話す機会があります。
ある年の9月、日本の季節行事について雑談していた時、相手から「Septemberには日本のtraditional eventはあるの?」と聞かれました。
私は最初、十五夜くらいしか思いつきませんでした。
その後、同僚から「重陽の節句もあるよ」と言われました。
名前は聞いたことがありましたが、内容を説明できませんでした。
そこで改めて調べました。
9月9日。
菊。
長寿。
栗。
調べてみると、自分が知らなかったことばかりでした。
翌日、その海外の友人に説明しました。
相手は意外と興味を持ってくれました。
「日本では菊は特別な花なの?」
「なぜ9月9日なの?」
次々に質問されました。
私はまた調べました。
そのやり取りをしているうちに、いつの間にか自分のほうが重陽の節句に詳しくなっていました。
外国の人に日本の行事を説明しようとして、自分が日本の行事をほとんど知らなかったことに気づいた体験でした。
その年の9月9日には、会社帰りに栗のお菓子を買いました。
「せっかく調べたから何かやってみよう」と思ったからです。
それ以来、重陽の節句は自分にとって少し身近になりました。
誰かに説明しようとすると、自分の記憶にも残りやすいのだと思います。
ここまでの体験を見ると、重陽の節句との出会い方はさまざまでした。
祖母や母が続けていた習慣。
自分の誕生日。
旅行先の食事。
子どもの質問。
家庭菜園。
介護施設。
スーパーのお惣菜。
仕事での会話。
最初から「伝統行事を大切にしよう」と思って始めた人ばかりではありません。
むしろ、何気ない出来事から重陽の節句を知り、その人なりの記憶につながっているケースが多くありました。
そして、続け方も人それぞれです。
毎年菊を飾る人。
栗ご飯を食べる人。
9月9日に祖父母を思い出す人。
何もしなくても、その日になると昔の出来事を思い出す人。
大きな行事にしなくても、生活の中に少し残るだけで、その人にとっての重陽の節句になっていました。

重陽の節句について詳しく知らなくても、9月に菊を見た記憶が残っている人がいます。
栗ご飯の味から家族を思い出す人もいます。
旅先で聞いた一言や、仕事中に見た売り場がきっかけになった人もいます。
重陽の節句をどう過ごすかに、決まった形を求めなくてもよいのかもしれません。
菊を一輪飾る。
栗を食べる。
家族の健康を思う。
昔のことを少し思い出す。
それだけでも、その人なりの9月9日になります。
季節の行事は、知識として覚えるより、誰かとの出来事や暮らしの中の記憶と結びついた時に残りやすいのかもしれません。
今年の9月9日、菊や栗を見かけた時に、少しだけ重陽の節句を思い出してみる。
そんな小さな過ごし方から始めてもよいと思います。

重陽の節句は9月9日です。
菊と深い関わりがあることから、「菊の節句」と呼ばれることもあります。
菊を飾ったり、栗を使った料理を食べたりする過ごし方があります。
ただ、今回の体験談のように、菊を一輪飾るだけ、栗ご飯を食べるだけという人もいます。
はい。重陽の節句は「栗の節句」と呼ばれることもあり、栗ご飯などを楽しむ人もいます。
家族で気軽に取り入れやすい過ごし方の一つです。
必ず飾らなければならないわけではありません。
菊を飾る人もいれば、栗を食べたり、家族の健康を願ったりするだけの人もいます。
無理に昔の形をそのまま再現する必要はありません。
桃の節句や端午の節句に比べると、重陽の節句を大人になってから初めて知ったという人もいます。
今回の体験談でも、旅行先や仕事、子どもの質問などをきっかけに知った人がいました。
菊を一緒に飾ったり、栗ご飯や栗のお菓子を食べたりするだけでも楽しめます。
難しい説明をするより、季節の花や食べ物に触れるきっかけにすると取り入れやすいでしょう。
毎年必ず何かをする必要はありません。
9月9日に菊や栗を見て思い出すだけでも、その人なりの重陽の節句になります。
家庭や生活に合わせて無理なく取り入れてよいでしょう。
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