文化の日の体験談|地域の文化祭や伝統芸能、それぞれの11月3日の思い出
文化の日は公民館が町で一番にぎやかになる日でした|秋田県・49歳・女性 文化の日に獅子舞へ出るのが子どものころからの決...続きを読む


「夏休みの旅行なら海と山のどちらを選びますか?」
この質問は、一見すると単純です。
しかし、実際に理由まで聞いてみると、答えは意外なほど違います。
「夏休みなのだから、暑い場所で思い切り遊びたい」という人がいます。
一方で、「毎日暑い中で生活しているのに、旅行まで暑い場所へ行きたくない」という人もいます。
子どものために毎年海へ行く家庭もあれば、子どもだからこそ山や川で遊ばせたいと考える家庭もあります。
さらに、旅行そのものに対する考え方も違います。
予定を朝から夜まで詰め込み、帰るころには疲れ切っているくらいが楽しいという人もいます。
反対に、「旅行くらい何もしないで過ごしたい」と考える人もいます。
海派と山派の違いは、単なる旅行先の好みだけではなく、「夏休みに何を求めているのか」という価値観の違いでもありそうです。
まずは、「夏休みなら海へ行きたい」という人たちの話から聞いてみましょう。

私は毎年、夏になると海が見える場所へ旅行します。
こう話すと、かなり海水浴が好きな人だと思われるのですが、実は私は泳ぐことがそれほど得意ではありません。
海水浴へ行っても、沖まで泳ぐことはありませんし、シュノーケリングやマリンスポーツにもほとんど興味がありません。
それでも、夏休みの旅行先を決めるときは、海の近くを選びます。
私が好きなのは、泳ぐことではなく「海がある場所で過ごすこと」そのものだからです。
以前、夫から「泳がないなら、わざわざ海へ行かなくてもよくない?」と言われたことがあります。
確かに、言われてみればその通りです。
海へ行っても、私は朝から水着に着替えて砂浜へ飛び出すわけではありません。
むしろ旅行先では、朝起きたらホテルの窓から海を眺めます。
朝食を食べたあと、まだ人が少ない海岸を歩きます。
昼間は暑いので、海沿いのカフェやお店を見て回ります。
夕方になったら、もう一度海へ行きます。
砂浜に座り、少しずつ太陽が傾いていくのを見ているだけで満足します。
考えてみると、私は旅行中のほとんどの時間を海の中ではなく、海の外で過ごしています。
それでも、山や街中のホテルでは同じ気分にはなれません。
窓の向こうに海があり、潮の匂いがして、夕方になると空と海の色が少しずつ変わっていく。
それを見て初めて、「今年も夏休みが来た」と感じます。
特に好きなのは、夕方の海です。
昼間は家族連れや若い人たちで賑やかな海岸も、午後5時を過ぎると少しずつ静かになります。
子どもを連れた家族が帰り始め、パラソルが減り、昼間とはまったく違う景色になります。
波の音だけが少し大きく聞こえるようになる時間が好きです。
一度、家族旅行で山へ行ったこともあります。
空気は涼しく、食事もおいしく、旅行としてはとても楽しかったです。
それでも帰宅してから、なぜか「今年は夏休みらしい旅行をしていない」という気持ちが残りました。
そのとき初めて、自分にとって夏休みと海が強く結びついていることに気づきました。
泳がなくてもいい。砂浜で何か特別なことをしなくてもいい。海が見える場所にいるだけで、私にとっては十分な夏休みです。
これから年齢を重ねて、今以上に海水浴をしなくなったとしても、夏になれば海へ行くと思います。
独身のころ、私はそれほど海へ行くタイプではありませんでした。
夏休みだからといって海へ行くこともなく、友人と旅行するときも温泉地や街中を選ぶことが多かったです。
それが変わったのは、子どもが生まれてからでした。
長男が3歳のとき、初めて家族で海へ行きました。
せっかく海まで来たのだから喜んでくれるだろうと思っていたのですが、最初は大泣きでした。
足元に波が来るだけで怖がり、私の足にしがみついて離れません。
結局、その年はほとんど海へ入りませんでした。
私は内心、「こんなに怖がるなら、来年は別の場所でもいいかな」と思っていました。
ところが翌年、同じように海へ連れて行くと、今度は自分から水際へ近づいていきました。
浮き輪につかまったままですが、波が来るたびに笑っています。
さらにその翌年には、私の手を離して浅い場所を歩くようになりました。
毎年同じような海へ行っているからこそ、前年との違いがよくわかります。
去年は怖がっていたことを、今年は普通にやっている。私にとって海旅行は、子どもの成長を見る場所にもなりました。
長男だけではありません。
下の子が生まれてからは、今度は兄が弟の手を引くようになりました。
自分も数年前まで波を怖がっていたのに、「大丈夫だよ」と弟に声をかけています。
その姿を見ていると、海まで長時間運転してきた疲れも少し忘れます。
もちろん家族で海へ行くのは楽なことばかりではありません。
朝早く家を出ても道路が混んでいることがあります。
駐車場から荷物を運ぶだけでも大変です。
浮き輪、タオル、着替え、飲み物、日焼け対策用品など、子どもが小さいころは旅行というより引っ越しのような荷物になりました。
海から上がったあとも、砂を落としたり、濡れた水着を片付けたりしなければなりません。
帰宅した夜は、毎年「来年はもう少し楽な旅行にしよう」と思います。
それでも、翌年になるとまた海へ行っています。
最近は少し違う意味で、海旅行を大切にするようになりました。
長男が中学生になり、家族旅行より友人との予定を優先したがるようになったからです。
小学生のころは「今年はいつ海へ行くの?」と聞いてきたのに、今ではこちらから予定を確認しなければなりません。
去年は、夏休みの予定を話していたときに「その日は友達と遊びたい」と言われました。
その言葉を聞いたときは少し寂しかったです。
考えてみれば、子どもと毎年当たり前のように海へ行ける期間は、意外と短いのかもしれません。
子どもが小さいころは「また今年も海か」と思う年もありましたが、今は「あと何回一緒に行けるだろう」と考えるようになりました。
そのため、子どもが本当に「もう家族旅行は行かない」と言うまでは、できるだけ夏に海へ行きたいと思っています。
私にとって今の海旅行は、レジャーというより家族の記録に近い存在です。
私が「夏休みは海へ行きたい」と言うと、友人からよく驚かれます。
なぜなら、普段の私はかなり暑さを嫌っているからです。
夏になるとできるだけ外へ出たくありません。
日焼けも嫌です。
汗をかくのも苦手です。
砂浜を歩いて、サンダルや足に砂がつくのも好きではありません。
海水浴場の混雑も避けたいです。
ここまで並べると、「それなら山へ行けばいい」と言われても仕方がありません。
実際、友人にも何度も言われました。
それでも夏休みは海の近くへ行きます。
私が好きなのは、昼間の海ではなく夕方から夜にかけての海です。
海へ旅行するときも、真昼から砂浜で遊ぶことはほとんどありません。
昼間はホテルや水族館、海沿いのお店など、なるべく涼しい場所で過ごします。
そして午後4時半か5時くらいになると、海岸へ向かいます。
そのころになると日差しも少しずつ弱くなり、昼間より歩きやすくなります。
夏の海は、夕方になっても完全に涼しいわけではありません。
それでも日が傾き始めると、昼間とは空気が変わります。
特に好きなのは、海の色が少し暗くなり、空がオレンジ色から青へ変わっていく時間です。
一度、友人4人で海へ旅行したとき、みんなは昼間から海水浴をしていました。
私は途中でホテルへ戻り、一人で昼寝をしました。
友人からは「何をしに海まで来たの?」と笑われました。
夕方になってから合流すると、今度は私だけが元気でした。
砂浜で夕日を見ながら話し、そのまま近くの店で食事をしました。
後日、その旅行の写真を見返してみると、私が一番気に入っていたのは海水浴中の写真ではなく、日が沈む直前に撮った一枚でした。
夕暮れの海を見ると、不思議と「夏が終わる前に来られてよかった」と思います。
私は夏そのものが好きなわけではありません。
むしろ暑さだけを考えれば、早く秋になってほしいと思っています。
それでも、夏が終わると少し寂しくなります。
夏は苦手なのに、夏の終わりは好き。その複雑な気持ちに一番合う場所が、私にとって夕方の海なのかもしれません。
今年も海へ行く予定ですが、たぶん昼間はあまり海に入りません。
冷房の効いた場所で過ごしながら、夕方になるのを待つと思います。
30歳くらいまで、私は旅行は誰かと行くものだと思っていました。
夏休みが近づくと友人に連絡して、予定が合う人を探します。
旅行先も全員で相談します。
海がいい人、温泉がいい人、食事を重視する人。
当然、希望はなかなか揃いません。
ようやく日程が決まっても、「その日は無理になった」「翌朝は早く帰りたい」といった変更が出ることもあります。
旅行自体は楽しいのですが、毎年その調整が少し面倒でした。
32歳の夏、友人との予定がどうしても合わず、夏休みの旅行を諦めかけたことがあります。
そのとき、ふと思いました。
「別に一人で行ってもいいのではないか」
それまで一人旅をした経験はありませんでした。
一人でホテルへ泊まることにも少し抵抗がありました。
それでも思い切って、海沿いの町に一泊することにしました。
最初はかなり落ち着きませんでした。
昼食の店へ一人で入り、「周りから一人旅だと思われているかな」と妙なことを気にしていました。
しかし数時間すると、それまで感じたことのない楽さに気づきました。
誰にも「次はどこへ行く?」と聞かなくていいからです。
海岸を歩きたくなったら歩く。
疲れたらホテルへ戻る。
食べたいものが変わったら、その場で店を変える。
朝早く起きてもいいし、昼近くまで寝てもいい。
誰かと相談しなくても、気分だけで一日を決められることが、こんなに楽だとは思いませんでした。
特に印象に残っているのは、翌朝の海です。
朝6時ごろに目が覚め、せっかくだから散歩しようと思って海岸へ行きました。
前日の昼間は人が多かった場所なのに、朝はほとんど誰もいません。
ジョギングをしている人が数人いるだけでした。
そこでベンチに座り、コンビニで買ったコーヒーを飲みながら1時間ほど海を見ていました。
何か特別な出来事があったわけではありません。
それでも、その1時間を今でもよく覚えています。
それ以降、夏休みのうち1回は一人で海へ行くようになりました。
友人との旅行が嫌になったわけではありません。
仲の良い人と旅行する楽しさは、今でも好きです。
ただ、一人旅にはまったく別の良さがあります。
以前の私は、「夏休みなのだから誰かと楽しい予定を作らなければ」と勝手に考えていました。
今はそう思いません。
一人で静かに海を見るだけの夏休みでも、自分が満足できれば十分です。
夏休みの旅行が少し楽になったのは、海が好きになったこと以上に、「一人でもいい」と思えるようになったからかもしれません。
私は旅行へ行くと、かなり予定を詰め込むタイプです。
友人からは「休みに行っているのか、疲れに行っているのかわからない」と言われます。
それでも夏休みに海へ行くなら、朝から夜までできるだけ遊びたいです。
以前、友人3人で海沿いへ2泊3日の旅行をしたときも、かなり詰め込みました。
初日は朝5時に集合。
車で移動して、午前中から海水浴。
昼は海鮮料理を食べ、午後はシュノーケリング。
夕方は別の海岸まで移動して夕日を見ました。
夜は宿に荷物を置き、近くの店で食事。
そのあとコンビニで花火を買い、もう一度海岸へ行きました。
宿へ戻ったのはかなり遅い時間でした。
翌朝もゆっくり寝るつもりはありません。
朝日を見るために早起きしました。
友人の一人は「もう少し寝かせてくれ」と言っていましたが、私はせっかく海の近くまで来たのだから、朝の海も見たくなります。
旅行から帰宅した翌日は、全身がだるくてほとんど何もできませんでした。
それでも後悔はありません。
私は、夏休みの旅行に「休養」をそれほど求めていないからです。
普段の休日なら、家でゆっくり過ごすこともあります。
しかし夏休みは一年に一度です。
どうせなら普段できないことをたくさんやりたいと思います。
私にとって夏休みは、体力を回復させる時間というより、体力を使って遊ぶ時間です。
その意味では、海はかなり自分に合っています。
海へ行くだけでも泳げます。
場所によってはマリンスポーツもできます。
少し移動すれば海鮮料理もあります。
夕方には夕日を見て、夜になれば花火もできます。
一日の中で次々にやることが見つかるところが好きです。
もちろん、旅行のスタイルが合わない人もいます。
以前、付き合っていた女性と海へ旅行したときは、私が予定を詰め込みすぎて少し険悪な雰囲気になりました。
私は「せっかく来たのだから次へ行こう」と思っていたのですが、相手はホテルでゆっくりしたかったようです。
そのとき初めて、自分の旅行スタイルが誰にでも合うわけではないとわかりました。
今は誰かと旅行するときは、多少は相手に合わせるようにしています。
それでも一人旅や同じタイプの友人と行くときは、かなり動き回ります。
帰宅した翌日に「疲れた」と言いながら旅行の写真を見る時間まで含めて、私にとっては夏休みです。
いつか年齢を重ねたら、もう少しゆっくりした旅行が好きになるかもしれません。
ただ、今のうちは夏休みくらい思い切り遊びたいと思っています。

私は夏があまり得意ではありません。
嫌いというほどではありませんが、毎年7月になると「今年も暑い時期が来たな」と少し身構えます。
通勤するだけで汗をかきます。
買い物へ行くだけでも暑いです。
洗濯物を干すためにベランダへ出るだけでも、日差しが強いと疲れます。
そんな生活を毎日しているので、夏休みくらいは涼しい場所へ行きたいと思っています。
若いころは友人に誘われて海へ行ったこともあります。
もちろん楽しかったです。
海へ入れば気持ちいいですし、海辺で食べるものも普段よりおいしく感じました。
ただ、旅行から帰ったあとに残るのは「楽しかった」という気持ちと同じくらい、「暑かった」「疲れた」という感覚でした。
海水浴へ行くために朝早く出発し、炎天下の駐車場を歩き、荷物を運び、日焼け止めを塗り直しながら一日過ごします。
帰るころには体力がかなり減っています。
私は旅行へ行くなら、帰宅したあとにぐったりするより、少し元気になって帰ってきたいタイプです。
30代後半からは、夏休みになると山のほうへ行くことが増えました。
特に気に入っているのは、標高の高い場所にある宿です。
到着して車から降りたとき、空気が少しひんやりしているだけで嬉しくなります。
自宅を出たときは半袖でも暑かったのに、夕方になると薄い上着が欲しくなることもあります。
私にとって夏休み旅行で一番贅沢なのは、観光地をたくさん回ることではなく、「暑くない」と感じながら過ごせることです。
山へ行っても、特別なことはあまりしません。
朝は少し散歩をします。
昼は地元の料理を食べます。
午後は温泉へ入ったり、宿で本を読んだりします。
夜になると窓を少し開けて、外の空気を入れます。
これが自宅ではなかなかできません。
夏の夜にエアコンを止めて窓を開けても、自宅では熱気が入ってくることがあります。
山の宿では、夜になると本当に空気が変わります。
その感覚が好きです。
夫は以前、海派でした。
結婚したころは「夏なのだから海くらい行こう」とよく言われました。
私も何度か付き合いましたが、年齢を重ねるにつれて夫も少しずつ山派になってきました。
最近では私より先に、「今年はどの山へ行く?」と聞いてきます。
海を否定するつもりはありません。
海で思い切り遊ぶ夏休みが好きな人もいると思います。
ただ、私にとって夏休みは、夏を全力で楽しむ時間ではありません。
普段の暑さから一度離れて、体も頭も少し休ませる時間です。
だから私は、夏だからこそ山へ行きたいと思っています。
旅行へ行くとき、予定をびっしり決める人がいます。
私はその正反対です。
むしろ旅行前の予定表が真っ白に近いほど安心します。
夏休みに山へ行くときも、事前に決めていることは宿くらいです。
何時に観光地へ行く。
何時に昼食を食べる。
何時までに次の場所へ移動する。
そうした予定をほとんど作りません。
以前は私も、せっかく旅行へ行くのだからできるだけ多くの場所を回ったほうが得だと思っていました。
旅行雑誌やインターネットで観光地を調べ、「ここも行こう」「あそこも行こう」と予定を詰め込んでいました。
ところが実際に旅行すると、時間ばかり気になります。
食事をしていても「次の場所に間に合うかな」と考えます。
景色のいい場所へ行っても、「そろそろ移動しないと」と時計を見ます。
帰宅したあと、写真はたくさん残るのに、妙に疲れていることが増えました。
30代半ばの夏、思い切って何も予定を決めずに山へ行きました。
宿は2泊だけ予約。
それ以外は何も決めませんでした。
初日はチェックインしたあと、近くを少し歩きました。
それから温泉へ入り、夕食を食べて寝ました。
翌朝も目覚ましをかけませんでした。
起きたのは8時過ぎです。
朝食のあと、「今日はどうしよう」と考えましたが、特に行きたい場所が思いつきませんでした。
そこで宿の近くにあったベンチに座って本を読みました。
昼になったら近くの店で蕎麦を食べました。
午後は宿へ戻って昼寝。
目が覚めたら、また温泉へ入りました。
正直に言えば、観光らしい観光はほとんどしていません。
その話を家族にすると、「それなら家にいればいいのに」と言われました。
確かに、読書も昼寝も自宅でできます。
ただ、自宅だと私は結局何かをしてしまいます。
洗濯物が気になれば片付けます。
仕事のメールが来れば見ます。
スマートフォンを手に取れば、そのままニュースや動画を見続けます。
何もしないつもりでも、家にいると細かな用事が目に入ってきます。
山へ行く理由は、何かをするためではなく、普段ならやってしまうことを「やらない」ためです。
山の宿にいると、「今日は洗濯をしなくてもいい」「今日は仕事のことを考えなくてもいい」と自然に思えます。
予定がないので、時間にも追われません。
散歩したければ歩きます。
眠ければ寝ます。
雨が降ったら外へ出ません。
旅行へ行ってまで何もしないことを、もったいないと感じる人もいると思います。
私には、その何もしない時間が一番贅沢です。
夏休みは一年の中でも比較的まとまった休みを取りやすい時期です。
だからこそ、あえて予定を入れずに山へ行きます。
観光地を何カ所回ったかではなく、「時計を見ない時間をどれだけ過ごせたか」が、私にとって旅行の満足度です。
今年も山へ行く予定ですが、今のところ決まっているのは宿だけです。
何をするかは、着いてから考えます。
私自身は、子どものころ毎年のように海へ行っていました。
父が海好きだったため、夏休みになると家族で海水浴へ行くのが恒例でした。
朝早く起きて車に乗り、海へ着いたら夕方まで遊ぶ。
帰りに食事をして、車の中で眠る。
今でも覚えているくらい楽しい思い出です。
そのため、自分に子どもができたときも、最初は同じように海へ連れて行こうと思っていました。
実際、子どもが4歳の夏には家族で海へ行きました。
とても喜んでくれました。
ところが翌年、旅行先を考えていたときに、ふと気になりました。
自分は子どものころ、「夏休みの旅行といえば海」とほとんど決めつけていたことです。
それが悪いとは思いません。
ただ、せっかくなら自分の子どもには、夏には海以外の楽しみ方もあると知ってほしいと思いました。
そこで、その年は山へ行くことにしました。
子どもに伝えると、最初の反応はあまり良くありませんでした。
「海じゃないの?」
かなり残念そうでした。
私も少し迷いました。
無理に山へ連れて行って、旅行自体を嫌がったら意味がありません。
それでも一度だけ行ってみようと思い、川遊びができる場所や、夜に星が見やすい宿を選びました。
旅行初日、子どもは思ったより楽しそうでした。
川に入ると海とは水の冷たさがまったく違います。
最初は「冷たい」と騒いでいましたが、すぐに石を拾ったり、小さな魚を探したりし始めました。
午後は虫を探しました。
普段は虫を怖がることもあるのに、旅行中はなぜか自分から近づいていました。
夜は宿の外へ出て星を見ました。
私自身も、久しぶりに空を長く眺めました。
ところが、旅行から帰る途中で子どもに「海と山、どっちが楽しかった?」と聞いてみると、即答で「海」と言われました。
少し拍子抜けしました。
「あれだけ楽しそうだったのに」と思いましたが、無理に山好きにする必要はありません。
翌年は本人の希望もあって海へ行きました。
その次の年、旅行先の話をしていると、子どものほうから「山の川にもまた行きたい」と言いました。
そのときは嬉しかったです。
私が子どもに山を好きになってほしかったというより、「夏には海以外の選択肢もある」と知ってほしかったのだと思います。
今では、海と山を交互に選ぶこともあります。
海では泳ぎます。
山では川遊びや散歩をします。
どちらが上ということではありません。
場所が変われば、遊び方も変わります。
子どもが大きくなったとき、自分で「今年は海がいい」「今年は山へ行きたい」と選べるようになれば十分です。
親が好きな夏休みをそのまま子どもに渡すのではなく、いくつかの夏を見せてあげたいと思っています。
私はもともと完全な海派でした。
20代のころは、夏になると友人と何度も海へ行きました。
30代になって結婚してからも、妻と海へ行きました。
子どもが小さいころも海水浴へ連れて行きました。
私の中では「夏休みなら海」というのが当たり前でした。
山へ旅行することもありましたが、それは秋や春のイメージでした。
夏にわざわざ山へ行こうとはあまり思いませんでした。
その考えが変わったのは、43歳の夏です。
その年も家族で海へ行きました。
朝早く出発し、海水浴場へ向かいました。
途中から道路が混み始めました。
ようやく着いたと思ったら、今度は駐車場から海岸まで荷物を運びます。
クーラーボックス、タオル、着替え、浮き輪、テント。
以前なら何とも思わなかった荷物なのに、その年は妙に重く感じました。
海へ入れば楽しかったです。
子どもも喜んでいました。
ただ、昼を過ぎたころから私はかなり疲れていました。
日差しも強く、「少し休みたいな」と何度も思いました。
夕方に帰る準備を始めると、今度は濡れた水着や砂のついた荷物を片付けます。
帰り道も渋滞でした。
帰宅したころには、旅行へ行ったというより一日仕事を終えたような疲労感がありました。
翌日はほとんど何もする気になれませんでした。
そのとき初めて、「昔と同じ遊び方を続けるのは少しきつくなってきたかもしれない」と感じました。
翌年、妻から「今年は山の温泉にしない?」と言われました。
最初は正直、あまり乗り気ではありませんでした。
夏休みに温泉へ行って何が楽しいのだろうと思っていました。
それでも前年の疲れが頭に残っていたので、妻の提案に乗りました。
山の宿へ着いたのは午後3時ごろです。
チェックインしたあと、近くを少し散歩しました。
それから温泉へ入り、夕食を食べました。
翌日も、朝から急いでどこかへ行くことはありませんでした。
少し観光して、昼食を食べ、また宿へ戻りました。
旅行が終わって家へ帰ったとき、一番驚いたのは体がそれほど疲れていなかったことです。
翌朝も普通に起きられました。
そのとき、「旅行は帰ってきたあとに倒れるほど遊ばなくてもいいんだ」と初めて思いました。
それ以来、夏休みは山へ行くことが増えました。
海が嫌いになったわけではありません。
今でも海を見ると気分が上がります。
子どもから「海へ行きたい」と言われれば行くこともあります。
ただ、自分から旅行先を選ぶなら、今は山を選ぶことが多いです。
20代の自分なら信じられないと思います。
以前は、山旅行を「少し地味」と感じていました。
今は、その地味さがちょうどいいと感じます。
好きな旅行先は、性格だけで決まるものではなく、年齢や体力によっても変わるのだと思います。
将来また海派に戻るかもしれません。
それも含めて、今の自分が一番楽に楽しめる旅行を選べばいいと思っています。
私は旅行前に天気予報を何度も確認するタイプでした。
特に山へ行くときは、晴れてほしいと強く思っていました。
せっかく自然の中へ行くのだから、青空の下で歩きたい。
景色もきれいに見たい。
雨なら旅行が台無しになると思っていました。
その考えが少し変わったのは、数年前の夏休みです。
友人と2人で山へ旅行しました。
目的はハイキングでした。
歩きたいコースも事前に決め、必要なものも準備していました。
ところが旅行前日になって、天気予報が雨に変わりました。
当日の朝も雨でした。
かなりがっかりしました。
「せっかく休みを取ったのに」と何度も言った覚えがあります。
安全を考えてハイキングは中止しました。
予定していたことが突然なくなり、朝から時間が余りました。
仕方なく宿の周辺を車で少し回り、たまたま見つけた小さな店へ入りました。
そこで昼食を食べました。
雨だったこともあり、お客さんは少なく、店内はとても静かでした。
食事のあとも急いで出る必要がなかったので、友人とずいぶん長く話していました。
午後は宿へ戻りました。
部屋の窓から外を見ると、山の木々の間に霧が出ていました。
晴れていたら見られなかった景色です。
最初は「雨で残念」と思っていたのに、しばらく眺めていると、これはこれでいいと思えてきました。
そのあと予定にはなかった温泉へ行きました。
結局、その日はほとんど何も計画通りに進みませんでした。
それなのに、帰宅してから思い返すと、その日が一番印象に残っていました。
旅行は予定通りに進んだ日だけが楽しいわけではないと、そのとき初めて実感しました。
それ以来、山旅行へ行くときは天気予報を確認しますが、以前ほど一喜一憂しなくなりました。
もちろん大雨や危険な天候なら、無理に外へ出ることはありません。
ただ、少しくらい雨なら「今日は別の楽しみ方になるかな」と思えるようになりました。
山は天気によって景色が大きく変わります。
晴れの日には遠くまで見えます。
雨の日には木々の色が濃く見えます。
霧が出れば、いつもの景色がまったく違って見えます。
今では、予定通りにならないことまで含めて山旅行だと思っています。
以前の私は、旅行を「予定を成功させるイベント」のように考えていたのかもしれません。
今は少しくらい予定が崩れても、その場で過ごし方を変えればいいと思っています。
山へ行くようになって、その感覚が少し身につきました。
私は普段、かなりスマートフォンを見ています。
仕事でも使います。
移動中も見ます。
家へ帰ってからも見ます。
寝る前にも見ます。
自分でも見すぎだと思っています。
ただ、仕事の連絡が来ることもありますし、ニュースやSNSを見る習慣もあるので、なかなかやめられません。
以前は旅行へ行っても同じでした。
きれいな景色を見れば写真を撮ります。
すぐにSNSを開きます。
食事をするときも口コミを確認します。
次の観光地へ向かうときも地図を見ます。
旅行先にいるのに、ずっと画面を見ている時間がありました。
ある夏、友人と山へ行ったとき、宿の周辺でスマートフォンの電波がかなり弱くなりました。
最初は困りました。
動画もなかなか読み込めません。
SNSも表示が遅いです。
仕事のメールもすぐには確認できません。
最初の1時間くらいは何度も画面を見ていました。
しかし、どうせつながらないので、そのうちスマートフォンをバッグへ入れました。
そこから急に時間が長くなったように感じました。
外を歩きました。
川の音を聞きました。
宿へ戻ってからは友人と話しました。
夜も普段なら寝る直前までスマートフォンを見るところですが、その日はほとんど触りませんでした。
翌朝、目覚めたときに気づきました。
久しぶりに「起きてすぐ通知を確認する」という行動をしていませんでした。
電波が弱くて不便だったはずなのに、旅行が終わるころには、その不便さが一番よかったと感じていました。
それ以来、夏休みに山へ行くときは、便利すぎない場所を選ぶことがあります。
宿を探すときに、「Wi-Fi完備」と書いてあることが普通ですが、それを最優先にはしません。
むしろ山奥で、少し通信環境が悪そうな場所を見ると気になります。
友人からは「わざわざ不便な場所へ行く意味がわからない」と言われます。
自分でも少し極端だと思います。
ただ、普段の生活ではスマートフォンを完全に手放すことが難しいです。
仕事があれば連絡は確認します。
家にいればWi-Fiもあります。
「今日は見ない」と決めても、数分後には触ってしまいます。
それなら最初から簡単にはつながらない場所へ行ったほうが早いと思うようになりました。
もちろん緊急時の連絡手段や安全面は確認しています。
完全に通信できない場所へ無計画に行くわけではありません。
それでも、普段より少しスマートフォンから離れられる場所が好きです。
私にとって山旅行は、自然を楽しむ時間であると同時に、常に何かを確認し続ける生活から少し離れる時間です。
旅行が終わって街へ戻ると、また普通にスマートフォンを使います。
それでも数日だけ画面を見る時間が減ると、頭の中が少し静かになったように感じます。
その感覚を味わいたくて、夏になると山へ行きたくなります。

ここまで海派と山派、それぞれの体験談を見てきました。
興味深いのは、同じ「海が好き」「山が好き」という人でも、その理由がまったく同じではなかったことです。
海派だからといって、全員が泳ぐことを目的にしているわけではありません。
山派だからといって、全員が登山やアウトドアを楽しみたいわけでもありません。
旅行先として同じ場所を選んでいても、その人が求めている夏休みの形はかなり違います。
今回登場した海派の中には、海水浴そのものをあまりしない人もいました。
「海に入らなくても、海が見えれば夏休み」と話していた女性は、海で泳ぐことよりも、朝や夕方の海を眺める時間に魅力を感じています。
一方で、朝から夜まで予定を詰め込み、疲れるほど遊ぶことを楽しんでいる人もいました。
同じ海派でも、一方は静かな時間を求め、もう一方は活動的な時間を求めています。
さらに、家族との時間を大切にするために海を選ぶ人もいました。
毎年同じように海へ行くことで、前年は怖がっていた波を今年は楽しめるようになった子どもの成長に気づくことがあります。
その人にとって海は、単なるレジャー施設ではありません。
家族の時間が積み重なっていく場所として、海を選んでいました。
一人旅で海へ行くようになった男性もいます。
誰かと行くための海ではなく、自分一人で気楽に過ごすための海です。
海という場所には、にぎやかに遊ぶイメージがありますが、実際には一人で静かに過ごしたい人にも選ばれています。
こうして見ると、「海派」という言葉だけでは、その人の旅行スタイルまではわかりません。
泳ぎたい人。
夕日を見たい人。
子どもとの思い出を残したい人。
一人になりたい人。
限界まで遊びたい人。
同じ海を選んでいても、そこで過ごしたい時間はそれぞれ違います。
山派についても同じでした。
確かに、夏の暑さから離れたいという理由で山を選ぶ人はいます。
自宅ではエアコンが欠かせない時期に、夕方になると薄い上着が欲しくなるほど涼しい場所へ行く。
その気温差だけでも、夏休みらしい特別感を味わえる人がいます。
一方で、山の魅力を「涼しさ」とは別のところに感じている人もいます。
予定をほとんど作らず、宿で本を読んだり昼寝をしたりする男性は、山を「何かをする場所」ではなく、「何もしないための場所」と考えていました。
また、スマートフォンの電波が弱い場所をわざと選ぶ人もいました。
便利さを求めるのではなく、普段の生活では切ることのできない仕事や情報とのつながりから、少し距離を置くために山へ行きます。
山派の人にとって山は、「自然を楽しむ場所」であると同時に、「普段の生活をいったん止める場所」になっていることもあります。
さらに、子どもに海以外の夏も体験してほしいと考える親もいました。
川遊びや虫探し、星空など、海とは違う経験をさせたいという思いから山を選んでいます。
元々は海派だったものの、年齢を重ねて山派になった人もいました。
若いころは疲れるほど遊ぶことが楽しかった。
しかし、今は帰宅した翌日まで疲れが残らない旅行を心地よいと感じる。
その変化も自然なものだと思います。
山を選ぶ理由も、涼しさだけではありません。
休みたい。
何もしない時間が欲しい。
子どもに違う経験をさせたい。
予定通りにならない旅を楽しみたい。
スマートフォンから離れたい。
山派の中にも、さまざまな夏休みがあります。

海派と山派の体験談を比べてみると、「海と山のどちらが好きか」だけではなく、夏休みに何を求めているのかによって選択が変わっているように感じます。
もちろん、すべての人を同じように分けることはできません。
ただ、いくつかの考え方は見えてきます。
夏休みに「夏らしさ」を求める人は、海を選びやすいかもしれません。
強い日差し。
波の音。
砂浜。
水着。
海沿いの店。
夕日。
花火。
こうしたものをまとめて楽しむことで、「今年も夏が来た」と感じる人がいます。
暑さや日焼けを面倒に感じることがあっても、それも含めて夏の思い出になるという考え方です。
「せっかく夏なのだから、夏にしかできないことをしたい」と思う人にとっては、多少疲れても海へ行く価値があります。
夏休みを「一年に一度のイベント」と考える人ほど、夏らしい景色や遊びを求めるのかもしれません。
ただし、海派だから必ず活動的とは限りません。
夕暮れの海を静かに眺めるだけでも、その人にとっては十分に「夏らしい時間」です。
反対に、夏休みくらいは暑さから離れたいという人もいます。
普段から暑い中で仕事をし、通勤し、買い物をしている。
ようやく取れた休みにまで炎天下へ出かけるのは疲れる。
そう感じる人にとって、山の涼しさは大きな魅力です。
このタイプの人は、夏休みを「思い切り遊ぶ期間」というより、「普段の疲れを整える時間」と考えている場合があります。
朝早く起きる必要もありません。
有名な観光地をたくさん回る必要もありません。
宿でゆっくりして、涼しい空気の中を少し歩く。
それだけでも十分だと感じます。
夏休みに非日常を求める気持ちは同じでも、「刺激を増やしたい人」と「刺激を減らしたい人」では行きたい場所も変わります。
旅行先は、その人自身の好みだけで決まるとは限りません。
誰と旅行するかによっても変わります。
小さな子どもがいる家庭では、子どもが楽しめることを優先することがあります。
海で泳がせたい。
山で川遊びをさせたい。
自然の中で虫を探させたい。
親自身が一番好きな場所とは別のところを選ぶこともあるでしょう。
夫婦旅行なら、二人が疲れすぎないことを重視する場合もあります。
一人旅なら、誰かに合わせる必要がありません。
海辺を何時間歩いてもいいですし、山の宿から一歩も出なくても構いません。
「私は海派」「私は山派」と決めていても、旅行する相手が変われば選択も変わることがあります。
それは考えがぶれているわけではありません。
そのとき一緒に過ごす人に合わせて、夏休みの形が変わっているだけです。

旅行の好みは、一生変わらないものではありません。
今回の体験談でも、若いころは海派だったのに、年齢を重ねて山へ行くことが増えた男性がいました。
20代のころなら、早朝から出発して一日中遊び、夜遅く帰宅しても平気だった。
それが40代になると、翌日の疲れまで考えるようになる。
以前は気にならなかった渋滞や荷物運びが負担に感じることもあります。
反対の変化もあるでしょう。
子どものころ、親に連れられて毎年山へ行っていた人が、大人になって自分で旅行先を選べるようになり、海ばかり行くようになることもあります。
子育て中は子ども中心の旅行だった人が、子どもが独立したあとに夫婦だけで静かな場所へ行くようになることもあります。
一人旅を始めたことで、それまで興味のなかった旅行先が好きになる人もいます。
旅行の好みは、その人の性格だけでなく、年齢、体力、家族構成、仕事、その年の気分によっても変わります。
「昔から海派だから、今年も海へ行かなければ」と考える必要はありません。
去年は山へ行ったから、今年も山でなければならないということもありません。
今年は仕事で疲れているから山へ。
来年は子どもが泳げるようになったから海へ。
その次は、一人で海沿いの町へ。
そんなふうに変わっていくのも自然です。
むしろ、毎年同じ答えを出す必要がないところも、夏休み旅行の面白さなのかもしれません。

海と山のどちらへ行こうか迷ったとき、場所の特徴だけを比較しても決められないことがあります。
「海は何ができるか」「山は何ができるか」を考える前に、今年の夏休みをどんな時間にしたいのかを考えてみると選びやすくなります。
思い切り夏を感じたいなら、海が気になるかもしれません。
暑さから離れたいなら、山へ行きたくなるかもしれません。
子どもに泳ぐ経験をさせたいなら、海が候補になります。
川遊びや虫探し、星空を楽しませたいなら、山も候補になります。
何もしない時間が欲しいなら、静かな山の宿が合うかもしれません。
ただし、これはあくまで一例です。
海へ行っても、一日中泳ぐ必要はありません。
海辺のホテルで過ごし、夕方になってから散歩する旅行もあります。
山へ行っても、静かに休むだけとは限りません。
登山や川遊びなど、朝から活動的に過ごすこともできます。
「海だからこう過ごす」「山だからこう過ごす」と決めつけず、自分が今年やりたいことから旅行先を考えるほうが、自分に合った夏休みを見つけやすくなります。
旅行の目的は毎年変わっても構いません。
今年は家族で思い切り遊びたい。
今年は少し疲れているから休みたい。
今年は一人で過ごしてみたい。
今年は子どもに新しい経験をさせたい。
その答えが見えてくると、海と山のどちらが今の自分に合っているのかも少しずつ見えてきます。

夏休みの旅行といえば海。
そう思う人もいます。
夏休みだからこそ山。
そう考える人もいます。
今回紹介した体験談を見ても、その理由は一つではありませんでした。
海を見るだけで夏休みを感じる人がいました。
子どもの成長を毎年同じ海で見ている人がいました。
一人で海へ行くことで、旅行が気楽になった人もいました。
反対に、夏の暑さから離れるために山へ行く人もいます。
何もしないために山へ行く人もいます。
予定が崩れた雨の日まで山旅行の楽しさだと感じる人もいました。
スマートフォンから少し離れるために山を選ぶ人もいます。
こうして並べてみると、海と山のどちらが優れているかを決めることには、あまり意味がないのかもしれません。
大切なのは、「今年の自分は、どんな夏休みを過ごしたいのか」です。
波の音を聞きながら過ごしたいなら、海へ。
涼しい空気の中でゆっくりしたいなら、山へ。
もしかすると今年は海で、来年は山になるかもしれません。
家族と行くときは海、一人なら山という人もいるでしょう。
逆でも構いません。
誰かの正解に合わせる必要はありません。
夏休みの旅行は、一年に何度もあるものではありません。
だからこそ、「一般的にはどちらが人気なのか」だけで決めるより、自分が今年どんな時間を過ごしたいのかを考えてみてはいかがでしょうか。
今年の夏休み、あなたなら海と山のどちらを選びますか。

人気だけで一概にどちらが上とはいえません。
海で夏らしい遊びを楽しみたい人もいれば、暑さを避けて山でゆっくり過ごしたい人もいます。
人気よりも、その年の夏休みに何をしたいかで選ぶほうが、自分に合った旅行先を見つけやすいでしょう。
必ずしもそうとは限りません。
海に入らず景色を眺めたい人、夕方の海を歩きたい人、海沿いの町で過ごしたい人もいます。
「海派=泳ぎたい人」とは限らず、海という場所そのものを好きな人もいます。
登山を楽しむ人もいますが、それだけではありません。
涼しい場所で休みたい、温泉へ入りたい、何もせず静かに過ごしたいという理由で山を選ぶ人もいます。
山旅行でも、必ず活動的に過ごす必要はありません。
子どもの年齢や興味によって変わります。
海では海水浴、山では川遊びや虫探し、星空観察など、それぞれ違った体験ができます。
親が行きたい場所だけでなく、子どもが今どんなことに興味を持っているかも旅行先選びの参考になります。
同じ場所へ行っても、家族構成や年齢、過ごし方が変われば旅行の印象も変わります。
特に子どもがいる家庭では、前年との違いから成長を感じることもあります。
毎年違う場所へ行くことだけが、旅行の楽しみ方ではありません。
十分にあります。
年齢や体力、仕事の忙しさ、家族構成などによって、旅行に求めるものは変わります。
以前の好みにこだわらず、その年の自分に合った旅行先を選んでも問題ありません。
「場所」から考えるのではなく、「今年の夏休みに何をしたいか」から考えてみる方法があります。
思い切り夏らしく遊びたいのか、暑さを離れて休みたいのか、一人で静かに過ごしたいのかによって、合う旅行先は変わります。
海と山のどちらが優れているかではなく、今年の自分が過ごしたい時間を基準に考えてみてください。
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